皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
第二次世界大戦後、世界は「二度と戦争をしない」と誓い、国際連合(国連)を作りました。しかし、皮肉にも世界はアメリカとソ連という2つの大きなグループに分かれ、火花を散らす「冷たい戦争(冷戦)」へと突入してしまいます。
その冷戦の「熱い最前線」となったのが、ドイツの都市ベルリン。街の真ん中に突如として現れた「壁」が、人々の生活を28年間にわたって引き裂きました。
今回は、提供された資料をもとに、国連の仕組みからベルリンの壁の崩壊まで、受験に出る重要ポイントをガチ解説します!
ベルリンの壁 作られた理由・壊された理由
1. 国際連合(国連)の誕生:平和の旗に込められた願い
1945年に誕生した国際連合(United Nations)。実はこの名前、直訳すると「連合国」なんです。つまり、枢軸国(日本・ドイツなど)に勝った国々が作った組織から始まりました。
- 旗のシンボル: 中心が「北極」なのは、どの国も中心ではない(平等)という意味。
- 周りを囲む「オリーブの葉」は平和の象徴です。
- 拒否権の仕組み(ジャイアンのルール): 常任理事国の5カ国(米・英・仏・ソ・中)は「拒否権」を持っています。1カ国でも反対すれば決議はボツ。資料にある通り、「5人のジャイアン全員が『いいよ』と言わないとおもちゃで遊べない」ような状態です。このため、冷戦期は国連がうまく動けないことも多かったのです。

2. ドイツとベルリン、なぜ分かれた?
大戦に負けたドイツは、西(米・英・仏)と東(ソ連)に分割されました。
- 西ドイツ: 自由主義・資本主義(アメリカ陣営・NATO)
- 東ドイツ: 社会主義・共産主義(ソ連陣営・ワルシャワ条約機構)
問題は首都ベルリン。ベルリンは東ドイツのど真ん中にありましたが、都市自体も西と東に分かれてしまいました。つまり、西ベルリンは「東側という海にポツンと浮かぶ西側の島」になったのです。
3. 空から届く希望:ベルリン空輸
1948年、ソ連は西ベルリンを孤立させようと陸の道をふさぎました。食料も燃料も届かない! そこで西側陣営が行ったのが、ベルリン空輸です。
- 24時間の空輸: 飛行機を絶え間なく飛ばし、空から物資を届けました。
- 平和の翼: お菓子をパラシュートで落とすパイロットもいて、西ベルリンの人々の希望となりました。
4. 1961年、壁がそびえ立つ
東ドイツから自由を求めて西ベルリンへ逃げ出す人が急増(約250万人!)。困った東ドイツ政府は、1961年8月13日の夜中、突如として鉄条網を張り、コンクリートの壁を作り始めました。
これがベルリンの壁です。昨日まで隣に住んでいた友人と、28年間も会えなくなるという悲劇の始まりでした。
5. 1989年、壁の崩壊:まさかの「言い間違い」?
1989年、自由を求める民衆のパワーが限界に達します。東ドイツ政府の広報担当者が、記者会見で「旅行の自由化」を発表しましたが、時期を聞かれ、うっかり「今すぐ(直ちに、遅滞なく)」と言ってしまいました。
これを聞いた市民が検問所に殺到!門が開き、人々は壁に登ってハンマーで叩き壊しました。 翌1990年10月、ドイツはついに再統一を果たしました。
6. 実力確認!一問一答(テスト・受験対策)
【問1】 国連の常任理事国が持つ、決議を1カ国で否決できる権利を何といいますか?
【問2】 アメリカ中心の「西側」と、ソ連中心の「東側」が対立した状態を何といいますか?
【問3】 1961年に、東ドイツから西側へ人々が逃げるのを防ぐために建設されたものは何ですか?
【問4】 西ベルリンが陸路を断たれた際、空から物資を届けた作戦を何といいますか?
【問5】 ドイツが東西統一を果たしたのは西暦何年ですか?
7. 一問一答の答え
【問1】 拒否権
【問2】 冷戦(冷たい戦争)
【問3】 ベルリンの壁
【問4】 ベルリン空輸
【問5】 1990年
8. まとめ:ベルリンの壁・冷戦のポイント!







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