皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
「お米の値段が高すぎて、家族にご飯が食べさせられない!」 そんな、ある村のおばちゃんたちの切実な叫びが、日本中の総理大臣を辞めさせ、新しい時代の扉を開いたことを知っていますか?
今回は、日本で「国民の声」が政治を動かすきっかけとなった「大正デモクラシー」と、その象徴である「米騒動(こめそうどう)」を特集します。
「なぜお米の値段が3倍になったの?」「シベリア出兵と何の関係があるの?」 受験にも出る超重要ポイントを、どこよりも熱く、わかりやすく解説します!
1. 米騒動:富山の女性たちが起こした「ごはん」の一揆

1918年(大正7年)、歴史を動かす大事件は富山県の小さな漁村から始まりました。
- きっかけ: 当時、第一次世界大戦の影響で日本は「大戦景気」という好景気に沸いていました。しかし、その裏で物価が急上昇。特にお米の値段は、なんと約3倍にまで跳ね上がりました。
- 女一揆(おんないっき): 「これじゃ生きていけない!」と、漁村の主婦たちが米の安売りを求めて立ち上がりました。
- 全国へ拡大: このニュースが新聞で報じられると、怒りは日本中に飛び火。全国各地でお米屋さんを襲うなどの大規模な暴動へと発展しました。
2. なぜお米の値段が上がったのか? ―― 真犯人は「シベリア出兵」

お米の値段がここまで異常に上がったのには、ある「欲」が関係していました。
- シベリア出兵: ロシア革命に介入するため、日本政府が軍隊をシベリアに送ることを決めました。
- 軍隊には米が必要: 兵士たちが食べるためのお米が大量に必要になります。
- 商人の買い占め: これを知った商人たちが「これからもっとお米が必要になるぞ。今のうちに買い占めて、高く売って儲けよう!」と企みました。
その結果、市場からお米が消え、値段がさらに高騰するという負のループに陥ったのです。
3. 軍隊の出動と内閣の崩壊

この暴動を鎮めるために、当時の寺内正毅(てらうち まさたけ)内閣は、なんと警察だけでなく「軍隊」を投入して民衆を抑え込もうとしました。
- 国民の批判: 「自分たちの国の民衆に銃を向けるのか!」という批判が爆発。
- 退陣: 追い詰められた寺内内閣は、ついに総辞職(辞めること)に追い込まれました。
これこそが、「民衆の力が、権力を動かした」大正デモクラシーの象徴的な瞬間です。
4. 原敬と「本格的な政党内閣」の誕生

寺内内閣のあとに登場したのが、岩手県出身の原敬(はら たかし)です。
- 平民宰相(へいみんさいしょう): これまでの総理大臣はエリート(藩閥)ばかりでしたが、原敬は爵位を持たない「平民」出身。国民から絶大な人気を集めました。
- 政党内閣: 彼は当時最大の政党「立憲政友会」の代表であり、内閣のメンバーを自分の政党の人たちで固めました。これを「本格的な政党内閣」と呼び、日本で初めて実現した仕組みです。
5. 吉野作造と「民本主義」の考え方
この時代の自由な空気を理論で支えたのが、学者の吉野作造(よしの さくぞう)です。
- 民本主義(みんぽんしゅぎ): 「主権が天皇にあるとしても、政治の目的は民衆の幸福であり、決定は民衆の意向に従うべきだ」という考え方です。
- 影響: この思想が広まったことで、人々は「自分たちにも政治に参加する権利があるんだ!」と確信し、普通選挙を求める運動へと繋がっていきました。
6. 基礎用語の確認!一問一答(テストに出るよ!)
【問1】 1918年、米価の高騰に怒った民衆が全国で起こした暴動を何といいますか?
【問2】 米騒動がお米の価格高騰を招いた一因とされる、ロシア革命への干渉を目的とした軍事行動は何ですか?
【問3】 寺内内閣のあとに就任した、初の「平民宰相」と呼ばれる人物は誰ですか?
【問4】 原敬がリーダーを務め、日本で初めて本格的な政党内閣を作った政党は何ですか?
【問5】 吉野作造が唱えた、国民の意思を政治に反映させるべきだとする思想を何といいますか?
7. 一問一答・答え
【問1】 米騒動
【問2】 シベリア出兵
【問3】 原敬
【問4】 立憲政友会
【問5】 民本主義
8. 入試・定期テストに出やすい記述問題と答え
【問題】 シベリア出兵が決定したことが、どのようにお米の価格高騰につながったのか。「商人」という言葉を使って説明しなさい。
9. まとめ







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