皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
明治時代の歴史を勉強していると必ず出てくる、あまりに悲しい、そして腹立たしい事件があります。それが1886年に起きたノルマントン号事件です。
「なぜ日本人だけが犠牲になったのか?」「なぜ犯人は許されたのか?」 この事件は、単なる海難事故ではなく、日本が「二等国」から「一等国」へと脱皮する大きなきっかけとなりました。
今回は、当時の風刺画やデータをもとに、事件の真相と現代につながる影響を解説します!
ノルマントン号事件
1. 事件の真相:日本人乗客「25名全員」が水死

1886年10月、イギリスの貨物船「ノルマントン号」が和歌山県沖で座礁・沈没しました。
- 助かった人:イギリス人船長を含む外国人乗組員26名。
- 亡くなった人:日本人乗客25名全員。
船長たちはボートで早々に脱出し、日本人の乗客には沈没することを教えもしませんでした。それどころか、当時の風刺画には「助けてほしければ金を出せ」と指をさしてあざ笑う船長の姿が描かれています。
2. なぜ船長は軽い罰で済んだのか?(不平等の正体)
この事件で日本中が激怒したのは、その後の「裁判」でした。
これほど酷いことをした船長に対し、下された判決はわずか「禁錮(きんこ)3ヶ月」。日本人25人の命が、たった3ヶ月の罰で片付けられてしまったのです。
なぜこんな不条理が通ったのか? その原因が領事裁判権(りょうじさいばんけん)です。 幕末に結ばされた不平等条約のせいで、日本で罪を犯した外国人を日本の法律で裁けず、「イギリス人の裁判官が、身内のイギリス人を裁く」という不公平な仕組みになっていたのです。
3. 【面白い豆知識】日本初の「街頭募金」と「演説会」
この事件に対する日本人の怒りは凄まじく、それが「近代的な市民運動」の始まりにもなりました。
★ 歴史の裏側:日本初のキャンペーン? 当時の人々は、亡くなった遺族を助けるために日本で初めての大規模な「義援金(街頭募金)」を集めました。また、全国で「条約を改正せよ!」という激しい演説会が開かれ、このエネルギーが後の陸奥宗光による条約改正成功(1894年)を後押しすることになったのです。
4. 基礎用語の確認問題(5問)
【問1】 1886年に和歌山沖で沈没し、日本人乗客全員が見捨てられたイギリス船の名前は何ですか。
【問2】 この事件で、イギリス人船長が軽い罰で済んでしまった法的理由は何ですか。
【問3】 この事件のような不平等をなくすため、1894年に領事裁判権の撤廃に成功した外務大臣は誰ですか。
【問4】 日本が輸入の税金を自分で決められない権利のことを何といいますか。
【問5】 1911年に、関税自主権の完全な回復を成し遂げた外務大臣は誰ですか。
5. 基礎用語の確認問題の答え
【問1】 ノルマントン号
【問2】 領事裁判権(治外法権)
【問3】 陸奥宗光(むつむねみつ)
【問4】 関税自主権(の欠如)
【問5】 小村寿太郎(こむらじゅたろう)
6. 高校入試に出る記述問題
【問題】 ノルマントン号事件をきっかけに、日本国内で不平等条約の改正を求める声が高まったのはなぜですか。裁判の仕組みに触れて説明しなさい。
7. 答え
領事裁判権があるため、日本人を見殺しにしたイギリス人船長を日本の法律で裁けず、不当に軽い判決しか下されなかったから。8. まとめ



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