皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
鎌倉時代の武士(地頭)と、昔からの土地の持ち主(領主)の仲が悪かったことを知っていますか? 「俺が税金を集める!」「いや、私の土地だぞ!」と、毎日が大ゲンカ。そこに巻き込まれた農民たちはもうヘトヘト……。
そんなドロ沼の争いに終止符を打った、驚きの解決策が「下地中分(したじちゅうぶん)」です。
下地中分
1. 「地頭」の登場で大パニック!?

平安時代、農民たちは「荘園(しょうえん)」や「公領(こうりょう)」という土地で働いていました。
ここでクイズです。 Q:元々、農民は誰に年貢(税金)を納めていましたか?
正解:領主(りょうしゅ)
ところが、鎌倉時代になると大きな変化が起きます。鎌倉幕府が、荘園や公領ごとにある役職を置くことを決めたのです。ノートにその名前を書いてみましょう。
正解:地頭(じとう)
地頭は、土地の管理や警察の仕事を任された武士です。ここでまた問題です。 Q:地頭がやってきた後、農民は領主と地頭、どちらに年貢を納めればよいのでしょうか?
実は、これが大きな争い(紛争)の始まりでした。領主は「私の土地だ!」と言い、地頭は「幕府から任された!」と言い張る。農民の上に「2人のボス」がいる状態になってしまったのです。
2. 解決のルール「漢字5文字」の法律!
この争いを解決するために、幕府は法律によってルールを定めました。 漢字5文字で、何という法律か覚えていますか? ノートに書いてみましょう。
正解:御成敗式目(ごせいばいしきもく)
1232年、北条泰時が作ったこの法律をもとに話し合いが行われましたが、それでも解決しないほど仲が悪い場合、幕府は究極の提案をします。
「あなたが幕府の役人なら、領主と地頭の土地をどう分けますか?」
最もスッキリする答え……それは「半分こ」にすることです!
このように、土地そのもの(下地)を領主と地頭で半分ずつに分けることを下地中分(したじちゅうぶん)といいます。声に出して言ってみましょう、「下地中分!」
これによって、地頭は自分の取り分になった土地を完全に支配できるようになり、領主に代わってどんどん力を強めていくことになりました。
3. 地頭に苦しむ農民たちの声
平和な農村風景の裏で起きている「事件」のヒントが隠されています。
当時の地頭の中には、やり方がとても乱暴な人もいました。 ここで、ある有名な資料を見てみましょう。
「地頭が耳を切り、鼻を削ぎ、家族を人質にとっています……。これ以上いじめられたら、私たちはみんな逃げ出してしまいます!」
Q:これは、誰が誰に宛てて訴えた文章でしょうか?(農民・地頭・領主の図をイメージして考えてください)
正解:農民が領主に訴えた
地頭の横暴に耐えかねた農民たちが、「助けてください!」と領主に泣きついたのですね。この「阿弖河荘(あてがわのしょう)の農民の訴え」は、テストにもよく出る超重要エピソードです。
4. 【豆知識】「中分」は真ん中だけじゃない!?
「中分(ちゅうぶん)」は半分に分けるという意味ですが、実は必ずしも面積がピッタリ半分だったわけではありません。
★ 歴史の裏側 土地の良し悪し(お米がたくさん取れるかどうか)を考えて、価値が平等になるように分けられました。 また、土地そのものを分けるのではなく、「年貢(お米)の取り分を半分こにする」という方法もありました。これを「下地中分」に対して「兵糧中分」などと呼ぶこともあります。 いずれにせよ、武士(地頭)が土地に深く入り込んでいくきっかけになったのは間違いありません。
5. 基礎用語の確認問題(5問)
【問1】 鎌倉幕府が荘園や公領の管理・警察・徴税のために置いた役職は何ですか。
【問2】 領主と地頭の間で起きた土地の争いを解決するために、土地を分割することを何といいますか。
【問3】 北条泰時が制定した、武士の社会の慣習をまとめた漢字5文字の法律は何ですか。
【問4】 農民が地頭の暴力を領主に訴えた、和歌山県にあった荘園の名前は何ですか。
【問5】 下地中分の結果、領地に根付いて力を強めていったのは地頭ですか、領主ですか。
6. 基礎用語の確認問題の答え
【問1】 地頭(じとう)
【問2】 下地中分(したじちゅうぶん)
【問3】 御成敗式目(ごせいばいしきもく)
【問4】 阿弖河荘(あてがわのしょう)
【問5】 地頭
7. 入試に出る記述問題
【問題】 領主と地頭の間で「下地中分」が行われた理由を、当時の社会状況に着目して説明しなさい。
8. 答え
【解答例】 地頭が荘園の管理権を利用して年貢の納入を拒んだり、土地を不法に占拠したりして領主との紛争が絶えなかったため、土地を分割して支配権を明確にする必要があったから。
9. まとめ

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