江戸時代
1830年代に天保のききんが発生
東北地方では餓死者が出ていた
百姓一揆・打ちこわしが頻発
庶民の生活が苦しい
助けるために立ち上がった人物が大塩平八郎
大塩平八郎が起こした大塩の乱とは
大塩の乱が江戸幕府に与えた影響とは
わかりやすく、簡単に解説していきます。
キーワード
・大塩平八郎
・大塩の乱
大塩の乱
① 大塩平八郎

大塩平八郎は大坂町奉行の役人でした。
儒学の一派である陽明学の学者でした。
私塾で弟子を多く抱えていました。
陽明学の中で大塩平八郎が大切にしていた言葉があります。
「知行合一」です。
知行一致とは、「知識と行動は一体であり、本当の知識とは、実践が伴わなければならない」というものです。
大塩平八郎は死ぬまで行動し続けます。
② 大塩の乱の理由

1830年代に天保のききんが発生します。
東北地方では多くの餓死者が出ていまいた。
ききんで米がとれなかっただけでなく、商人が米を買い占め、米の価格が上がっていました。
大塩平八郎は自分の5万巻の書物を売ります。
売ったお金を1万軒の貧しい民にお金を配ってまわりました。
しかし、配っても配っても貧しい人はいなくならない現状に不満を抱きます。
幕府が正しい手を打てば助かる命もあったかもしれない。
大商人たちが米を買い占めをしていなければ助かる命もあったかもしれない。
大塩平八郎は行動に移します。
③ 大塩の乱の発生

1837年
大塩平八郎は弟子とともに大商人を襲いお米やお金を貧しい人々に配ろうと反乱を起こします。
大塩の乱です。
大商人をおそい、お米やお金をききんで苦しむ人々に分け与えようとしたこと
大塩の乱の規模は
参加者300人程度
反乱の期間は半日
小規模な乱に終わります。
しかし、大塩の乱は幕府に衝撃を与えました。
④ 大塩の乱の影響
大塩の乱は幕府に衝撃を与えます。

300人程度で半日の反乱がどうして幕府に衝撃を与えたの?
百姓一揆・打ちこわしは百姓や庶民の反乱でした。
大塩の乱は違います。
大塩平八郎は江戸幕府の役人をしていた武士です。
江戸幕府の元役人による武士の反乱は江戸幕府に衝撃を与えます。
江戸幕府の権力が落ちてきている結果でもありました。
また、大塩の乱が全国に知れわたると影響を受けた事件や一揆が各地で起こります。
大塩平八郎がインフルエンサーとなる、各地での事件、一揆を誘発しました。
まとめ

用語確認 一問一答
① 大坂町奉行所の役人で陽明学の学者でもあった人物
② 大塩平八郎が貧しい人々にお米やお金を配るために大商人を襲おうとしたこと
用語確認 一問一答 ~答え~
① 大塩平八郎
② 大塩の乱