武士の館『一遍聖絵』から読み解く鎌倉武士のリアルな暮らし

鎌倉時代
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皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。

鎌倉時代の武士といえば、戦場を駆け巡る「戦いのプロ」というイメージですよね。でも、彼らが普段どんな家に住み、どんな生活をしていたのか、詳しく知っていますか?

今回は、当時の様子が細かく描かれた国宝の絵巻物武士の館『一遍聖絵(いっぺんひじりえ)』を教科書よりも深掘り!武士の館のひみつと、意外な動物たちとの関係をスッキリ解説します!


1. 武士の館は「戦うための要塞」だった!

鎌倉武士の家は、現代の家のような「くつろぎの場」であると同時に、いつ敵が来てもいいように作られた「要塞(ようさい)」でもありました。

★ 鉄壁のガード!3つのチェックポイント

  1. 堀(ほり): 館の周りには「溝(みぞ)」が掘られていました。これは敵が簡単に入ってこれないようにするためです。
  2. 塀(へい)と柵(さく): 高い塀で囲み、入り口には頑丈な門がありました。
  3. 防備の木々: 庭の木も、ただの観賞用ではありません。敵からの視線を遮ったり、風を防いだりする防御の役割がありました。

2. 【豆知識】なぜ館に「サル」や「イヌ」がいるの?

『一遍聖絵』に描かれた武士の館をよーく見ると、たくさんの動物たちが登場します。実は、彼らにはペット以上の「重要なお仕事」がありました。

① 厩(うまや)の守り神「サル」

館の厩(馬小屋)には、なんと「サル」が飼われていることがあります。

なぜかというと、古くからサルは「馬を守る守り神」と信じられていたからです。馬は武士にとって最も大切なパートナー。その健康と安全をサルに守ってもらっていたんですね。

② 弓の練習相手「イヌ」

館の庭を駆け回る犬。これは「犬追物(いぬおうもの)」という武芸の訓練に使われていました。馬に乗って逃げる犬を追いかけ、鏑矢(かぶらや:音の出る矢)で射る練習です。犬には可哀想ですが、実戦で動く敵を狙うための欠かせないトレーニングでした。

③ ハンティングの相棒「タカ」

武士の腕に止まっている鷹。これは「鷹狩(たかがり)」のための相棒です。タカを使って獲物を捕まえるだけでなく、山の中を駆け巡ることで地形を覚え、馬術を磨く訓練でもありました。


3. 武士のルーティン:農業と武芸の「二刀流」

鎌倉武士のもう一つの顔、それは「農業経営者」です。

彼らは「御家人(ごけにん)」として将軍に仕える一方で、自分の領地(荘園や公領)を管理し、農民たちに指示を出して土地を開発していました。

  • 朝〜昼: 領地の見回りや、農業の開発(新しい田んぼ作り)を指揮する。
  • 夕方: 館の庭で相撲弓術(流鏑馬など)剣術の稽古に励む。

まさに「いざ鎌倉」に備えて、体と技を常にアップデートしていたのです。


4. 基礎用語の確認問題(5問)

【問1】 鎌倉時代の武士の生活の様子が描かれている、時宗の開祖を描いた絵巻物は何ですか。

【問2】 武士が館の周りに巡らせた、敵の侵入を防ぐための溝を何といいますか。

【問3】 馬に乗って走る犬を追いかけ、弓で射る武芸の訓練を何といいますか。

【問4】 武士が主従関係を結び、将軍から領地の支配を認められることを何といいますか。

【問5】 領地の地頭として、開発や経営を行う武士のもう一つの顔は何ですか。


5. 基礎用語の確認問題の答え

【問1】 一遍聖絵(いっぺんひじりえ)

【問2】 堀(ほり)

【問3】 犬追物(いぬおうもの)

【問4】 本領安堵(ほんりょうあんど)

【問5】 農業経営者(領主)


6. 入試に出る記述問題

【問題】

鎌倉時代の武士の館が、高い塀で囲まれ、堀が作られていた理由を、「防御」という言葉を使って説明しなさい。


7. 答え

【解答例】

所領(領地)をめぐる争いや、敵の急な襲撃に備え、自力で館の防御を固める必要があったから。


8. まとめ

  1. 一遍聖絵などの資料から、鎌倉武士の館はや塀で守られた要塞だったことがわかる
  2. 武士は館で犬追物流鏑馬相撲などの武芸の訓練を日常的に行っていた
  3. 馬小屋に猿(サル)を飼うなど、動物を戦いや守り神として大切にしていた
  4. 武士は戦士であると同時に、領地の開発を主導する農業経営者でもあった
  5. 質素ながらも実用的な武士の館は、現代の日本の住宅(和風建築)のルーツの一つにもなっている

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