皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も一緒に社会科の歴史について学んでいきましょう!
「信長って鉄砲だけじゃなく貿易もしてたの?」
「朱印船ってどんな許可を出してたの?」
「なんで家康は貿易をやめたの?」
戦国時代から江戸時代初期にかけて、日本は世界と激しくつながっていました。この記事を最後まで読めば、南蛮貿易・朱印船貿易・鎖国政策の違いがスッキリ理解でき、テストの記述問題もバッチリ書けるようになりますよ!
信長・秀吉・家康と海外貿易
1. 織田信長と南蛮貿易
信長の時代(戦国末期)、日本はポルトガルやスペインといったヨーロッパの人々と交流を始めました。これを 南蛮貿易 といいます。
- 南蛮人:ポルトガル人やスペイン人のこと。
- 輸入したもの:鉄砲・ガラス製品・時計・カステラなど。
- 輸出したもの:銀・漆器などの工芸品。
信長は新しいもの好きで、南蛮文化にも理解を示しました。キリスト教の布教にも協力的だったことで、最新技術である鉄砲を効率よく手に入れ、天下統一へ近づいたのです。
2. 豊臣秀吉と貿易の変化
天下人となった秀吉は、海外の力を認める一方で、キリスト教の広がりを警戒し始めました。
最初は貿易を優先してキリスト教を認めていましたが、後に バテレン追放令 を出し、宣教師の追放を命じました。
キリスト教と結びついた外国勢力が、日本の政治を支配(植民地化)しようとしているのではないか、と考えたためです。
3. 徳川家康と朱印船貿易
江戸幕府を開いた家康は、安定した政治のために貿易を積極的に進めます。
家康が行ったのは 朱印船貿易 です。
- 朱印状:将軍が発行する「公式の貿易許可証」。これを持つ船だけが貿易を許されました。
- 目的地:東南アジア(シャム=タイ、ベトナムなど)。
- 結果:海外に多くの 日本人町 が作られました。
4. 家康から家光へ:鎖国への流れ
しかし、キリスト教の布教が政治を不安定にし、スペイン・ポルトガルの植民地化を警戒する状況は変わりませんでした。
長崎で起きた 島原の乱 をきっかけに対応が強化されます。
1639年、3代将軍徳川家光の時代にポルトガル船の来航が禁止され、 鎖国 が完成しました。
これ以降、貿易の窓口は長崎の出島などに限られ、 オランダ・中国 とのみ限定的に貿易を行うことになります。
5. キーワードまとめ
| 用語 | 内容 |
| 南蛮貿易 | ポルトガル・スペインなどと行った貿易。鉄砲などが輸入された。 |
| バテレン追放令 | 秀吉が出した宣教師を追放する命令。 |
| 朱印船貿易 | 家康が行った貿易。朱印状で公式に許可された商船による貿易。 |
| 鎖国 | 外国との交流を制限し、オランダ・中国以外の貿易を禁止した政策。 |
| 島原の乱 | キリスト教徒を中心とした大きな反乱。鎖国の直接的なきっかけとなった。 |
6. 基礎用語の確認問題(選択式)
【問1】南蛮貿易で輸入されたものとして正しいのは?
A. 米 B. 鉄砲 C. 魚 D. 絵巻物
【問2】バテレン追放令を出した人物は?
A. 織田信長 B. 足利義満 C. 豊臣秀吉 D. 徳川家康
【問3】朱印船貿易の際に発行された公式許可証は?
A. 金印状 B. 銅券 C. 朱印状 D. 貿易符
【問4】島原の乱がきっかけとなって完成した政策は?
A. 下剋上 B. 南蛮貿易 C. 鎖国 D. 朱印船貿易
【問5】江戸時代に限定的に貿易を許された国は?
A. オランダ・中国 B. ポルトガル・スペイン C. 朝鮮・タイ D. フランス・ロシア
7. 基礎用語の確認問題の答え
- 【問1】 B:鉄砲
- 【問2】 C:豊臣秀吉
- 【問3】 C:朱印状
- 【問4】 C:鎖国
- 【問5】 A:オランダ・中国
8. 高校入試対応:記述問題
【問題】
鎖国が始まった理由を、政治・宗教の両面から説明しなさい。
【解答例】
キリスト教の布教が政治の安定を乱すことが懸念されたため。また、スペインやポルトガルが布教を通じて日本の植民地支配を広げることを防ぐ必要があったため。三英傑(信長・秀吉・家康)は、それぞれ時代の状況に合わせて海外との付き合い方を変えてきました。
南蛮貿易、朱印船貿易、そして鎖国。この3つの流れを、背景にある「キリスト教」や「植民地化への警戒」と一緒に覚えるのがコツです!

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