摂関政治とは?「この世は私のもの」藤原道長が手にした権力とお金の真実

歴史
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 「この世をば、わが世とぞ思う」――
満月のように欠けることのない権力を手にした男、藤原道長

 彼が築き上げた「摂関政治」とは何だったのか?

 5億円の年収、4人全員の娘を天皇の后にする戦略、紫式部を家庭教師にした徹底した教養教育。

 その裏には、平安貴族のしたたかな政治力が隠されていました。

 本記事では、摂政・関白を通して日本を支配した藤原氏の実像をやさしく、そして面白く解説します!

藤原道長の摂関政治

この世をば、わが世とぞ思う――藤原道長の歌に隠された権力欲

 「満月が欠けぬように、この世のすべては私のものだと思う」

 この有名な和歌を詠んだのは、平安時代のスーパー貴族・藤原道長

 現代でいう内閣総理大臣クラスの存在ですが、彼の年収はなんと約5億円

 荘園の地代や贈り物まで含めると、合計約45億円にものぼるとも言われています。

権力の源は「娘たち」――全員が天皇の后に!

 道長には娘が4人。
 その4人全員が天皇の妃に選ばれました。これは偶然ではありません。

 藤原氏は娘を后にするため、紫式部や清少納言といったトップレベルの家庭教師を雇い、知識や品位を徹底して教育しました。

 「身分の高い、教養ある后」を育てあげ、天皇に嫁がせていたのです。

幼い天皇に代わって政治を動かす「摂関政治」

 道長の娘が生んだ子・後一条天皇は、わずか3歳で即位。

 当然、自分では政治ができません。

 そこで登場するのが摂政という役職――そう、道長が就任します。

 さらに、天皇が成長したあとも、今度は息子の藤原頼通関白として政治を担いました。

 このように、天皇の補佐役=摂政・関白が実権を握る政治体制を「摂関政治」と呼びます。

荘園×家系戦略で独占した「この世」

 藤原氏が他の貴族と違ったのは、全国にある莫大な荘園の収入

 豊かな財力があったからこそ、

  • 天皇に接近する
  • 娘を后にする
  • 摂政・関白の座に就く

…この「完璧な権力ループ」が実現しました。

まとめ

用語意味
摂政幼い天皇に代わって政治を行う役職(例:藤原道長)
関白成人した天皇を補佐する役職(例:藤原頼通)
摂関政治摂政・関白が実権を握っていた政治体制
藤原道長平安貴族の頂点。4人の娘をすべて后にした人物
荘園私有の農地。財源となった

確認問題

単語の確認問題(選択式)

  1. 「この世をば、わが世とぞ思う」と詠んだ人物は?
    A. 紫式部 B. 平清盛 C. 藤原道長 D. 源頼朝
  2. 藤原道長の娘4人全員がなった役職は?
    A. 摂政 B. 后(妃) C. 女官 D. 尼
  3. 摂政・関白のように天皇を補佐して政治を行う制度は?
    A. 院政 B. 摂関政治 C. 幕府政治 D. 大政奉還
  4. 藤原頼通が天皇を補佐したときの役職名は?
    A. 摂政 B. 太政大臣 C. 関白 D. 尚書
  5. 藤原氏が全国に持っていた収入源は?
    A. 朝廷税 B. 幕府資産 C. 荘園 D. 田畑奉行

✅ 単語の確認問題の答え

  1. 藤原道長
  2. 后(妃)
  3. 摂関政治
  4. 関白
  5. 荘園

用語練習問題(記述式)

  1. 摂関政治
  2. 藤原道長
  3. 関白
  4. 荘園
  5. 紫式部

 ✅ 用語練習問題の答え

  1. 摂政や関白が天皇に代わって政治を行った平安時代の政治体制
  2. 摂政となって権力を握った平安時代の貴族。娘を后にして影響力を拡大した
  3. 成人した天皇を補佐し、実際の政治を行う役職
  4. 朝廷の支配を受けず、藤原氏などが私有した農地。財源の中心
  5. 道長の娘の家庭教師として教養教育を担った女性文学者。『源氏物語』の作者でもある

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