戦後の日本は、いつから「独立国」に戻ったのでしょうか?
そして、「安保闘争」ってなに?
この記事では、サンフランシスコ平和条約による主権回復、沖縄の状況、日米安保条約の改定をめぐる国民の声、そして政治の仕組みが大きく変わった「55年体制」までをやさしく解説します!
日本の独立から安保闘争
1. 経済復興と「特需景気」
戦後の日本は焼け野原――。
でも、1950年に始まった朝鮮戦争をきっかけに、急速な経済成長がはじまります。
- 韓国への武器や食料の需要が急増
- 日本の工場はフル稼働!
→ この景気を**「特需景気」**と呼びます
第一次世界大戦後の「大戦景気」と似た現象です
2. 日本はいつ独立を回復したの?
第二次世界大戦後、日本はGHQのもとで占領されていました。
しかし、1951年にサンフランシスコ平和条約を48カ国と結びます。
- → 1952年4月、主権(独立)を回復!
- → でも、同時に「ある約束」も結びます…
それが――
3. 日米安全保障条約とは?
サンフランシスコ平和条約と同時に結ばれたのが日米安全保障条約
内容は:
- 日本にアメリカ軍が基地を置くことを認める
- 日本に敵が攻めてきたとき、アメリカが守る(ただし条件つき)
4. 沖縄はどうなってた?
沖縄は平和条約後もアメリカの占領が継続していました。
- お金はドル
- 車は右側通行
- 沖縄→日本本土に行くにはパスポートが必要
💡 停留所が逆向きのバスの写真に「違和感がある…」と気づけるかな?
さらに、沖縄にはアメリカ軍基地が集中。
これは地理的に、軍事的に重要な場所だからです。
- 台湾や韓国、フィリピンをにらむ位置
- でもその分、沖縄の人々の生活に大きな負担
5. 第五福竜丸事件と原水爆への不安
アメリカが水爆実験を行った際、日本の漁船「第五福竜丸」が被ばく。
- 原子爆弾よりも強力な水爆
- 日本中に大きな衝撃と反発が走りました
→ ここから「原水爆禁止運動」などの平和活動も拡がっていきます
6. 政党の立場と安保条約の改定
当時の2大政党は?
政党 | 立場 |
---|---|
自由民主党 | 日米安保条約・自衛隊に賛成 |
社会党 | 日米安保条約・自衛隊に反対 |
7. 安保闘争とは?なぜ国民が反発した?
1960年、首相岸信介が日米安保条約を改定しようとします。
- 改定前:日本に義務なし
- 改定後:アメリカ軍が攻撃されたら、日本も助けることに!
→ 社会党や国民は「アメリカの戦争に巻き込まれる!」と猛反対!
- 国会前に数十万人が集まり、反対運動
→ これが「安保闘争」です
8. 55年体制って何?
1955年、自由民主党と社会党がそれぞれ大きくまとまります。
- 自由民主党:アメリカの政策、日米安全保障条約に賛成
- 社会党:アメリカの政策、日米安全保障条約に反対
以後、自由民主党と社会党は対立をしていくが
自民党が政権を38年間維持した政治体制を
→ 「55年体制」と呼びます
まとめ
用語 | 内容 |
---|---|
特需景気 | 朝鮮戦争による物資の需要で日本が好景気になった現象 |
サンフランシスコ平和条約 | 日本が独立を回復した条約(1951年調印) |
日米安全保障条約 | アメリカ軍の駐留を認めるかわりに日本の安全を守る条約 |
安保闘争 | 安保条約改定に反対する国民の大規模運動 |
55年体制 | 1955年から自民党が長く政権を担った政治体制 |
確認問題
単語の確認問題(選択式)
- 「特需景気」が起きたきっかけは?
A. 太平洋戦争 B. 大東亜戦争 C. 朝鮮戦争 D. ベトナム戦争 - 日本の独立を回復させた条約は?
A. 日米修好通商条約 B. ポツダム条約 C. サンフランシスコ平和条約 D. 日韓基本条約 - 沖縄が本土と違っていた点として正しいのは?
A. 通貨は円だった B. 左側通行だった C. パスポートが必要だった D. 日本人の入国が禁止されていた - 安保条約に反対する国民運動を何という?
A. 自衛隊改正運動 B. 沖縄返還運動 C. 安保闘争 D. 憲法制定運動 - 自民党が長く政権を取った政治体制の呼び方は?
A. 64年体制 B. 昭和体制 C. 平和体制 D. 55年体制
✅ 単語の確認問題の答え
- C. 朝鮮戦争
- C. サンフランシスコ平和条約
- C, パスポートが必要だった
- C. 安保闘争
- D. 55年体制
用語練習問題(記述式)
- 特需景気
- サンフランシスコ平和条約
- 日米安全保障条約
- 安保闘争
- 55年体制
✅ 単語の確認問題の答え
- 朝鮮戦争による需要の増加で、日本の経済が急速に回復した景気
- 1951年、日本が主権を回復するために結んだ平和条約。1952年に発効した
- アメリカ軍が日本に駐留することを認め、日本の安全保障をアメリカが一部担う条約
- 日米安全保障条約の改定に国民が反対し、国会前などで大規模なデモが行われた運動
- 1955年に自民党が誕生して以降、約38年間にわたり政権を維持した政治体制
コメント