江戸幕府の清(中国)~最強情報戦略!㊙貿易ルートを徹底解説~

歴史
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皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。

江戸時代の「鎖国(さこく)」といえば、外国との付き合いを完全に断ち切っていたイメージがありますよね。でも、実はそんなことはありません。

特に当時の中国である「(しん)」とは、長崎を舞台にかなり濃いお付き合いをしていました。そこには、幕府が日本を支配し続けるための「頭脳プレー」が隠されていたのです。

今回は、幕府が清からどうやって情報を抜き取っていたのか、その舞台裏をスッキリ解説します!

江戸幕府と清(中国)との交流


1. 鎖国の「もう一つの窓」:唐人屋敷ってどんな場所?

(18世紀後半の唐人屋敷(ティチング『日本風俗図誌』より) 出典:Wikipedia

江戸時代、長崎にはヨーロッパの窓口として有名な「出島(でじま)」がありましたが、清の商人たちのための専用施設もありました。それが唐人屋敷(とうじんやしき)です。

  • 場所:出島のすぐ近くに建設されました。
  • 役割:清からやってきた商人たちが宿泊し、貿易を行う拠点でした。
  • セットで覚える!
    • 出島 = オランダ(ヨーロッパの窓口)
    • 唐人屋敷 = 清(アジアの窓口)

2. 情報を制する者は日本を制す!「唐船風説書」の秘密

幕府が清との貿易を認めていたのには、お金(利益)以外にも大きな目的がありました。それが「海外情報の入手」です。

幕府は、清の商人が日本にやってくるたびに、あるレポートを提出させていました。 それが「唐船風説書(とうせんふうせつがき)」です。

  • 内容:中国国内の出来事や、アジア諸国の情勢が詳しく書かれていました。
  • 幕府の特権:オランダ人が出す「オランダ風説書」とあわせて、幕府はこれらを独占しました。

3. 幕府の知略:鎖国は「情報のフィルタリング」だった?

なぜ幕府は情報を独占したのでしょうか?

もし、海外の最新情報が全国の大名や民衆に筒抜けになったら、「幕府のやり方は古いんじゃないか?」という不満が出るかもしれません。 そこで、幕府は「自分たちだけが世界を知っていて、他には教えない」という状況を作りました。

これが鎖国の最大のメリットです。情報を独占することで、幕府の権威を揺るぎないものにしていたのです。


4. 基礎用語の確認問題(5問)

【問1】 江戸時代、長崎で清(中国)との貿易・交流のために作られた施設を何といいますか。

【問2】 唐人屋敷は、オランダとの貿易拠点であった何という場所の近くにありましたか。

【問3】 清の商人が、海外の情報を幕府に伝えるために提出した報告書を何といいますか。

【問4】 幕府が海外の情報を一般に公開せず、自分たちだけが手に入れることを何といいますか。

【問5】 オランダ商人が海外の情報を伝えるために幕府に提出した報告書を何といいますか。


5. 基礎用語の確認問題の答え

【問1】唐人屋敷(とうじんやしき)

【問2】出島(でじま)

【問3】唐船風説書(とうせんふうせつがき)

【問4】(情報の)独占

【問5】オランダ風説書


6. 高校入試に出る記述問題

【問題】 江戸幕府が「唐船風説書」や「オランダ風説書」を提出させ、その情報を独占した目的は何ですか。幕府の権威に触れて説明しなさい。


7. 答え

海外の最新情報を一般に知らせず幕府だけが把握することで、諸大名に対する支配力や政治的な権威を維持するため。

8. まとめ

  1. 江戸幕府は、長崎の唐人屋敷を通して、清(中国)と密接な交流を行っていた
  2. 唐人屋敷は、オランダとの貿易拠点である出島の近くに設置されていた
  3. 清の商人には唐船風説書を提出させ、海外の最新情報を報告させていた
  4. 幕府は入手した情報を独占することで、国内への支配力を強めることに成功した
  5. 鎖国は完全に国を閉ざすのではなく、情報の入り口を幕府が完全にコントロールするシステムだった
  6. この情報のコントロールにより、江戸幕府は約260年にわたる長期政権を築き上げた

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