皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
1930年代、日本は昭和恐慌というどん底の不景気に苦しんでいました。お弁当が空っぽの子供たち、職を失う人々……。そんな中、人々の視線はある場所へ向きました。それが中国の北東部、満州(まんしゅう)です。
「満州は日本の命綱だ!」「あそこの資源があれば日本は救われる!」 そんな国民の期待を背景に、現地の軍隊が暴走を始めます。
今回は、日本の運命を大きく変え、世界中から孤立するきっかけとなった満州事変の真実を、世界一わかりやすくガチ解説します!
満州事変から国際連盟脱退
1. 爆破された線路:柳条湖事件の「自作自演」
すべては1931年(昭和6年)9月18日に始まりました。
- 南満州鉄道(満鉄): 日本が満州の開発と支配のために設立した鉄道会社。満州の経済を支える中心的な存在でした。
- 柳条湖事件(りゅうじょうこじけん): 奉天(今の瀋陽)郊外で、満鉄の線路が爆破されました。
- 関東軍(かんとうぐん)のウソ: 満州を守っていた日本の軍隊である関東軍は、「中国軍がやった!これは自衛のための戦いだ!」と発表し、またたく間に満州全土を占領しました。
- 真実: 実はこれ、関東軍による自作自演。自分たちで線路を爆破しておきながら、それを口実に軍事行動を開始したのです。

2. 「あやつり人形」の国:満州国の建国
占領した土地をどうするか? 日本は1932年、そこに新しい国を造りました。
- 満州国: 清の最後の皇帝だった溥儀(ふぎ)をトップに迎え、独立国家として誕生させました。
- 実態はあやつり人形: 名前は独立国ですが、実際は日本の関東軍がすべての実権を握っていました。これを傀儡(かいらい)国家と呼びます。
3. 世界がNO! リットン調査団と42対1の採決
中国は「日本に侵略された!」と国際連盟(こくさいれんめい)に訴えました。そこで連盟が派遣したのがリットン調査団です。
- リットン報告書: 調査の結果、「日本の軍事行動は自衛とは認められない」「満州国は独立国家ではない」と、日本の主張をバッサリ否定しました。
- 運命の採決: 1933年の総会で、日本の満州撤退を求める勧告案が採決されました。結果は42対1。
- 賛成:42か国
- 反対:日本のみ
4. 「我が代表、堂々退場す」:国際連盟脱退

世界中を敵に回した日本。全権代表の松岡洋右(まつおかようすけ)は、納得がいかないとして会場を去りました。
- 国際連盟脱退: 日本は連盟を抜けることを宣言。国際社会から孤立する第一歩となってしまいました。
- 当時の世論: 驚くことに、当時の日本の新聞や国民は「世界に屈しなかった!かっこいい!」と、この孤立を大絶賛したのです。
5. 最後の抵抗:犬養毅首相の苦悩
当時の首相、犬養毅(いぬかいつよし)は、満州国を認めない姿勢をとっていました。
- なぜ認めなかった?: 「中国との関係が悪くなる」「アメリカやイギリスと対立し、日本が世界でひとりぼっちになる」ことを心配したからです。
- 結果: しかし、軍部の力は抑えられず、1932年の五・一五事件で暗殺されてしまいます。これにより、日本の政党内閣は終わりを迎えました。
5. 実力確認!一問一答(テスト・受験対策)
【問1】 1931年、関東軍が自ら線路を爆破して満州事変のきっかけを作った場所はどこですか?
【問2】 満州事変を調査するために国際連盟が派遣した調査団を何といいますか?
【問3】 1933年、日本の主張が認められず、勧告案が可決されたことを不服として日本が行った大きな決断は何ですか?
【問4】 国際連盟の総会で、日本代表として堂々と退場した人物は誰ですか?
【問5】 満州国を認めない方針をとり、1932年に暗殺された首相は誰ですか?
6. 一問一答の答え
【問1】 柳条湖
【問2】 リットン調査団
【問3】 国際連盟脱退
【問4】 松岡洋右
【問5】 犬養毅
7. テスト・受験に出る論述問題と答え
【問題】 国際連盟がリットン調査団の報告に基づき、満州における日本の軍事行動を「自衛」とは認めなかった理由を簡潔に説明しなさい。
【答え】 満鉄の爆破は関東軍による計画的な自作自演であり、その後の広範囲な占領活動も、鉄道を守るための正当な防衛の範囲を超えていると判断したから。
8. まとめ







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