皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
江戸時代の「鎖国(さこく)」といえば、日本が完全に世界と窓を閉ざしていたイメージがありませんか? 実は、幕府は完全に国を閉じていたわけではなく、特定の四つの場所を通して海外とつながっていました。
この窓口を「四つの口(よっつのくち)」と呼びます。今回は、テストによく出るこの四つの窓口について、中学生の皆さんが一瞬で整理できるよう解説します!
江戸の対外政策~松前・対馬・長崎・薩摩~
1. 長崎口(幕府の直轄地):オランダ・清との貿易
幕府が直接コントロールしていた、最大の窓口が長崎です。
- オランダ:出島(でじま)で貿易を行いました。キリスト教の布教をしないプロテスタントの国だったため、貿易が認められました。
- 清(中国):唐人屋敷(とうじんやしき)に宿泊し、貿易を行いました。
- 情報の独占:オランダからは「オランダ風説書」、清からは「唐船風説書(とうせんふうせつがき)」を提出させ、幕府だけが海外の最新情報を手に入れていました。
2. 対馬口(対馬藩):朝鮮国との交流
朝鮮半島との外交を任されていたのが、現在の長崎県に位置する対馬の対馬藩(つしまはん)です。
- 朝鮮通信使:将軍の代替わりなどの際に、300〜500人規模の豪華な行列がやってきました。
- 絆のエピソード:行列が通り過ぎるのに5時間かかることもあったパレードは大人気! お祭りの「ワッショイ」という声は、通信使のかけ声が由来だという説があるほど交流が深かったのです。
3. 薩摩口(薩摩藩):琉球王国との関係
現在の鹿児島県を治めていた薩摩藩(さつまはん)は、琉球王国を支配下に置いていました。
- 琉球王国:現在の沖縄県です。独自の文化を持ちながら、清とも貿易(中継貿易)を行っていました。
- 幕府の狙い:琉球を通して清の品物や情報を手に入れるなど、薩摩藩にとっても幕府にとっても重要な窓口でした。
4. 松前口(松前藩):アイヌ民族との交易
現在の北海道にあたる「蝦夷地(えぞち)」の窓口が、松前藩(まつまえはん)です。
- アイヌ民族:松前藩はアイヌの人々とサケや昆布などの交易を独占的に行っていました。
- 生活の支え:アイヌの人々からもたらされる北方の産物は、日本の食文化や経済を支える大切なものでした。
5. 基礎用語の確認問題(5問)
【問1】 長崎の出島で、幕府が唯一貿易を認めたヨーロッパの国はどこですか。
【問2】 清(中国)の商人が、海外情報を伝えるために幕府に提出した報告書を何といいますか。
【問3】 将軍の就任祝いなどのために朝鮮国から派遣された、大規模な使節団を何といいますか。
【問4】 薩摩藩の支配を受けながら、清とも貿易を行っていた現在の沖縄県の国は何ですか。
【問5】 蝦夷地(北海道)で、アイヌ民族との交易の窓口となっていた藩は何藩ですか。
6. 基礎用語の確認問題の答え
【問1】オランダ
【問2】唐船風説書
【問3】朝鮮通信使
【問4】琉球王国
【問5】松前藩
7. まとめ



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