皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も一緒に社会科の歴史について学んでいきましょう!
明治政府が誕生して最初に取り組んだ大きな課題、それは「日本の境界線をはっきりさせること」でした。
「ここからここまでが日本です!」と言えないと、他国と領土をめぐって争いや最悪の場合は戦争になってしまいます。今日は、近代国家としての第一歩である「国境の画定」のドラマを見ていきましょう!
日清修好条規 日朝修好条規
1. 清(しん)との関係:対等なスタート
江戸時代、長崎の唐人屋敷で貿易をしていた清とは、1871年に日清修好条規を結びます。
- ポイント:日本が近代に入り、初めて外国と結んだ**「対等」**な条約です。
- 主な内容:
- 日本と清は互いに領土を侵さない。
- 開港地に役人を置く。
- お互いに領事裁判権を認める。
2. 朝鮮国(ちょうせんこく)との関係:開国をめぐる激動
明治政府は朝鮮とも国交を結ぼうとしましたが、交渉は難航します。ここで起きたのが有名な「征韓論(せいかんろん)」の論争です。
① 征韓論 vs 内治優先(明治六年の政変)
- 征韓論派(西郷隆盛・板垣退助ら):武力で開国を迫るべき!士族(元武士)の不満を外に向けよう。
- 内治優先派(大久保利通ら):欧米を見た結果、今は国内の産業発展が先だ!
- 結果:西郷たちの派遣は中止され、彼らは政府を去りました。これを明治六年の政変といいます。


② 江華島事件と日朝修好条規
西郷たちが去った後、皮肉にも政府は軍艦を派遣して朝鮮を威嚇する江華島(こうかとう)事件を起こします。
これをきっかけに1876年、日朝修好条規を締結。日本がかつて欧米にされたような、朝鮮にとって不平等な内容(領事裁判権の容認、無関税など)でした。
3. ロシアとの関係:北の国境を引く
ロシアとは、所有権が曖昧だった樺太(サハリン)の問題を解決しました。
- 樺太・千島交換条約(1875年)
- 樺太:ロシアの領土とする。
- 千島列島:日本の領土とする。これにより、北の境界線が明確に引かれました。
4. どっちの条約?仕分けチャレンジ!
次の内容は、どの条約のことでしょうか?
① 日本にとって初めての対等な条約。
→ 日清修好条規
② 日本の領事裁判権を認めさせた不平等な条約。
→ 日朝修好条規
③ 樺太をロシア領、千島を日本領とした。
→ 樺太・千島交換条約
④ 西郷隆盛が政府を去るきっかけになった論争の後の開国。
→ 江華島事件(日朝修好条規)
5. 基本用語のキーワード
テストに出る重要ポイントを表でチェック!
| 重要単語 | 意味・ポイント |
| 領土 | 一国の統治権(政治の力)が及ぶ範囲のこと。 |
| 日清修好条規 | 1871年。日本と清の間で結ばれた対等な条約。 |
| 征韓論 | 西郷隆盛らが唱えた、武力で朝鮮に開国を求める主張。 |
| 明治六年の政変 | 征韓論をめぐる対立で、西郷や板垣が政府を辞めた事件。 |
| 日朝修好条規 | 1876年。日本が朝鮮に認めさせた不平等な条約。 |
| 樺太・千島交換条約 | 1875年。ロシアとの間で北の国境を画定させた。 |
6. 基礎用語の確認問題(5問)
【問1】1871年に清と結んだ、互いに対等な内容の条約は何ですか。
【問2】西郷隆盛や板垣退助が唱えた、武力で朝鮮に開国を迫る主張を何といいますか。
【問3】欧米視察から帰り、朝鮮派遣よりも国内の発展が先だと主張した人物は誰ですか。
【問4】1875年にロシアとの間で結ばれた、北方の国境を画定させた条約は何ですか。
【問5】1876年に日本が軍艦を派遣して朝鮮と衝突し、開国のきっかけとなった事件は何ですか。
7. 基礎用語の確認問題の答え
【問1】 日清修好条規
【問2】 征韓論
【問3】 大久保利通
【問4】 樺太・千島交換条約
【問5】 江華島事件
8. 高校入試対応:記述問題
【問題】
明治政府が欧米にならって国境を明確に定めようとしたのはなぜですか。「紛争」という言葉を使って説明しなさい。
【解答例】
他国との領土をめぐる紛争を未然に防ぎ、近代国家としての主権を確立するため。まとめ
明治時代の日本は、周辺諸国との国境を確定させることで、近代国家としての「形」を整えていきました。
1876年には小笠原諸島、1895年には尖閣諸島、1905年には竹島と、各地の領有も確定させていきます。こうした外交の裏には、日本の将来を真剣に考えたリーダーたちの激しい葛藤があったのですね。





