皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も一緒に社会科の歴史について学んでいきましょう!
「天皇が二人いるってどういうこと?」
「南北朝時代のはじまりって、何がきっかけだったの?」
鎌倉幕府が滅びた後の日本は、かつてないほどの大混乱に陥りました。この記事では、後醍醐天皇の理想と武士たちの現実、そして足利尊氏がなぜ反旗を翻したのかをわかりやすく解説します。高校入試でも頻出の「歴史の転換点」をマスターしましょう!
南北朝時代のはじまり
1. 建武の新政が崩れた理由から振り返る
1333年に鎌倉幕府が滅亡した後、1334年から後醍醐天皇が始めた 建武の新政 。しかし、この新しい政治は、現場で戦った武士たちの心を完全にかき乱してしまいました。
- 恩賞の不満:北条氏から没収した土地を貴族に優先して配分。
- 権利の制限:天皇の許可がないと土地支配が認められず、地頭としての権利が軽視された。
- 重い負担:天皇の新しい家(御所)を建てるために、武士から税を徴収。
誰の不満が高かったのか。それは間違いなく 武士 です。鎌倉時代に大切にされていた「御恩と奉公」の関係が無視されたことで、政治への不信感が爆発しました。
2. 足利尊氏の反発と朝廷の分裂
武士たちの怒りの代弁者となったのが、 足利尊氏 です。
尊氏はもともと後醍醐天皇側の有力な武士でしたが、「恩賞が少ない」「武士を大切にしない」天皇のやり方に反発します。尊氏は1336年に京都を占領し、新しい天皇を立てました。
- 北朝(京都):尊氏が立てた 光厳天皇
- 南朝(吉野):逃れた 後醍醐天皇
こうして、日本に天皇が2人並び立つ 南北朝時代 がここから約60年間続くことになります。
3. 南北朝の特徴と室町幕府
天皇が2人存在する。これは日本の歴史上、非常に異例な事態です。
この混乱の中で、武士や民衆の忠誠も二つに分かれ、戦乱は日本全国へと広がっていきました。
しかし、武士の圧倒的な支持を集めていた足利尊氏は、北朝の天皇から征夷大将軍に任命され、京都に 室町幕府 を開く流れを作っていったのです。
4. キーワードまとめ
| 用語 | 内容 |
| 南北朝時代 | 京都(北朝)と吉野(南朝)で天皇が並び立った約60年間の時代。 |
| 後醍醐天皇 | 建武の新政を行ったが、尊氏に追われ吉野で南朝を主導した。 |
| 足利尊氏 | 武士の不満を背負って挙兵。北朝を擁立し、室町幕府を開いた。 |
| 光厳天皇 | 尊氏によって京都で擁立された北朝の初代天皇。 |
| 吉野 | 奈良県南部にある山岳地帯。後醍醐天皇が逃れ、南朝の拠点となった。 |
5. 基礎用語の確認問題(選択式)
【問1】南北朝時代が始まったのは何年か?
A. 1333年 B. 1334年 C. 1336年 D. 1350年
【問2】南朝の天皇として正しい人物は?
A. 後醍醐天皇 B. 光厳天皇 C. 足利尊氏 D. 崇徳天皇
【問3】南北朝時代が始まった原因として最も適切なものは?
A. 仏教の対立 B. 外国の侵略 C. 武士の不満 D. 天皇の病気
【問4】足利尊氏が立てた北朝の天皇は?
A. 後鳥羽天皇 B. 光厳天皇 C. 後醍醐天皇 D. 明治天皇
【問5】後醍醐天皇が退いた場所はどこか?
A. 鎌倉 B. 奈良・吉野 C. 京都御所 D. 平泉
6. 基礎用語の確認問題の答え
- 【問1】 C:1336年
- 【問2】 A:後醍醐天皇
- 【問3】 C:武士の不満
- 【問4】 B:光厳天皇
- 【問5】 B:奈良・吉野
7. 高校入試対応:記述問題
【問題】
建武の新政が武士の不満を招いた理由を、その政治内容の特徴から説明しなさい。
【解答例】
後醍醐天皇が貴族を優遇する政治を行い、戦った武士への恩賞を不十分なものにしたり、武士に重い税を課したりして、鎌倉時代からの期待を裏切ったから。南北朝時代 は、単なる「天皇のケンカ」ではありません。「自分たちを大切にしてくれるトップを求める武士」と「天皇中心の理想を追い求める公家」の激突だったのです。尊氏が武士の味方をしたからこそ、室町幕府が生まれたという流れをしっかり押さえておきましょう!

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