皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
奈良時代、農民がいかに重い税金(租・庸・調)に苦しんでいたか。
自分の土地を持てず、働いても働いても国に持っていかれる毎日。そんな絶望の中にいた彼らにとって、743年に出された墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)は、まさに「魔法の法律」に見えたはずです。
今回は、この法律が生み出した「荘園(しょうえん)」という仕組みについて深掘りします!
荘園
1. 「公地公民」の終わりと「荘園」の誕生
奈良時代までの日本は「公地公民」といって、すべての土地は国の持ち物でした。しかし、墾田永年私財法によって「自分で新しく切り拓いた土地は、永遠に自分のものにしていいよ」というルールに変わりました。
こうして新しく作られた私有地のことを「荘園」と呼びます。
この法律のおかげで、日本中のあちこちで「もっと自分の土地を増やそう!」と、山を切り拓いたり水を引いたりする開墾ラッシュが起きたのです。
2. なぜ格差が広がった?「富める者」の戦略
「自分の土地が持てるなら、農民みんながハッピーになったのでは?」と思うかもしれません。しかし、現実はそう甘くありませんでした。
田んぼを新しく作るには、大きなスコップ(鉄製農具)や、多くの人を雇うお金、そして広大な土地へ水を引く技術が必要です。当時の貧しい農民にはそんな余裕はありません。
そこで、どんどん荘園を広げていったのは次のような人たちでした。
- 貴族:都で権力を持っている人たち
- 大きな寺院:東大寺などの力があるお寺
彼らは自分の財力を使って大規模な開墾を行い、巨大な「自分たちだけの王国(荘園)」を全国に作っていきました。
3. 歴史の裏側:農民の「生き残り作戦」
あまりに税金が重い「国から借りた田んぼ(口分田)」を捨てて、農民たちは貴族の「荘園」へと逃げ込みました。
なぜなら、「国の税金を払うより、荘園の持ち主(貴族など)に少しお礼を払って働かせてもらう方がマシ」だったからです。こうして、国の管理する田んぼはスカスカになり、貴族の持つ荘園だけが潤うという逆転現象が起きていきました。
4. 基礎用語の確認問題(5問)
【問1】 墾田永年私財法によって認められた、貴族や寺院などの私有地を何といいますか。
【問2】 743年に出された、土地の永久私有を認める法律は何ですか。
【問3】 土地も人民もすべて天皇(国)のものとする、それまでの基本原則を何といいますか。
【問4】 農民が苦しさのあまり、割り当てられた田んぼを捨てて逃げ出すことを何といいますか。
【問5】 奈良時代の農民を苦しめた、特産品を都まで運ぶ税を何といいますか。
5. 基礎用語の確認問題の答え
【問1】 荘園(しょうえん)
【問2】 墾田永年私財法
【問3】 公地公民
【問4】 浮浪・逃亡
【問5】 調(ちょう)
6. まとめ
墾田永年私財法は、人々の「やる気」を引き出して日本の開発を進めましたが、同時に「持てる者」と「持たざる者」の大きな格差、そして「荘園」という巨大な私有地を生み出しました。
この「荘園」が、やがて都の貴族の力の源となり、さらにはその土地を守るための「武士」の誕生へとつながっていくのです。歴史はすべてつながっていますね!


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