「平城京」と「平安京」を地図で一瞬で見分ける裏技と理由

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皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。

歴史のテストでよく出る「都の地図問題」。碁盤の目のようになっている平城京と平安京、パッと見はそっくりですよね。「どっちがどっちかわからない!」という人のために、今日は地図上での決定的な違いを伝授します!

平城京と平安京の違い


1. 【見分け方①】「おまけ」がついているかチェック!

一番簡単で確実な見分け方は、地図の形を見ることです。

  • 平城京:右側に出っ張りがある 基本は長方形ですが、右側(東側)にぴょこっと突き出た部分があります。これを「外京(げきょう)」と言います。地図に「外京」という出っ張りがあれば、それは100%平城京(奈良)です!
  • 平安京:きれいな長方形 平安京(京都)は、平城京のあとに作られた理想の都市。出っ張りはなく、スッキリとした長方形をしています。

2. 【見分け方②】お寺が「中」にあるか「外」にあるか

地図に載っている「お寺の位置」にも注目です。これが都を移した理由とも深く関わっています。

  • 平城京:お寺が都の中にたくさんある! 平城京には東大寺や薬師寺など、立派なお寺が都の中に建っています。
  • 平安京:都の中にお寺が(ほとんど)ない! 平安京の地図を見ると、端の方に「東寺(とうじ)」「西寺(さいじ)」があるだけで、中心部にお寺はありません。

3. どうして平安京にお寺がないの?(ここが重要!)

これには、桓武天皇の「都を移した本当の理由」が隠されています。

平城京では、お寺の力(僧侶)が強くなりすぎて、政治に口出しをするようになっていました。これに困った桓武天皇は、「うるさいお坊さんたちのいない場所で、新しく政治をやり直したい!」と考え、お寺の少ない平安京(山背国)へ引っ越したのです。

だから、平安京の地図ではお寺が中心部から追い出されているんですね。


4. 基礎用語の確認問題(5問)

【問1】 710年に唐の都「長安」にならって作られた、奈良の都を何といいますか。

【問2】 794年に桓武天皇が、政治を立て直すために移した京都の都を何といいますか。

【問3】 平城京に見られる、地図の右側に突き出した部分を何といいますか。

【問4】 奈良時代、重すぎる税から逃れるため、性別を偽って登録した台帳を何といいますか。

【問5】 平安京へ都を移した際、東北地方で抵抗する蝦夷を討伐するために派遣された人物は誰ですか。


5. 基礎用語の確認問題の答え

【問1】 平城京

【問2】 平安京

【問3】 外京(げきょう)

【問4】 戸籍(こせき)

【問5】 坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)


6. まとめ

  • 出っ張り(外京)がある = 平城京(710年・なんと立派な)
  • きれいな長方形でお寺が端っこ = 平安京(794年・泣くよウグイス)

「お坊さんたちの影響を避けたくて、きれいな形の都へ逃げた!」という背景と一緒に覚えると、地図問題はもう怖くありません!

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