皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
今回のテーマは、江戸の4大改革第3弾「寛政(かんせい)の改革」です!
主役は、生真面目すぎるエリート老中、松平定信(まつだいらさだのぶ)。 わいろが横行した「田沼の時代」を終わらせ、理想のクリーンな政治を目指しましたが、あまりの厳しさに最後は庶民から嫌われてしまいます。
なぜ彼は失敗したのか? テストに出る重要ポイントをどこよりもわかりやすく解説します!
松平定信~寛政の改革~
1. おじいちゃん(吉宗)をリスペクト!定信の登場

松平定信は、あの「米将軍」として有名な第8代将軍・徳川吉宗の孫です。
彼は、天明の大飢饉でボロボロになった幕府を立て直すため、「おじいちゃんの享保の改革に戻ろう!」をスローガンに改革を始めます。
2. ミッション①:徹底的な「節約」と「備蓄」
定信がまず取り組んだのは、とにかくお財布の紐を締めることでした。
★ 倹約令(けんやくれい)
吉宗と同じく大奥の予算を削り、朝廷にも節約をさせました。さらに、一般の庶民にも「贅沢(ぜいたく)は禁止!」と厳しく命じます。田沼時代の華やかさに慣れていた人々は、これに息苦しさを感じ始めます。
★ 囲米(かこいまい)の制
「天明の大飢饉」のような悲劇を繰り返さないため、大名たちに「1万石につき50石」のお米を5年間備蓄させました。これにより、幕府と大名合わせて140万石以上の予備米を確保することに成功しました。
3. ミッション②:農村の「働き手」を取り戻せ!
田沼時代、農村から江戸などの都市に出稼ぎに行く人が増え、田んぼが荒れていました。
★ 旧里帰農令(きゅうりきのうれい)
江戸に来ていた農民に対し、「旅費や補助金をあげるから、故郷に帰って米作りをしてね」とすすめました。 しかし、もともと「仕事がないから江戸に来た」人たち。
村に帰っても生活ができないため、この政策はあまりうまくいきませんでした。
4. ミッション③:武士の借金を「チャラ」にする禁断のワザ
武士たちが借金で困り、刀まで売っている状況を見た定信は、とんでもない法律を出します。
★ 棄捐令(きえんれい)
「旗本や御家人が札差(ふださし:お金貸し)から借りた借金を、すべて帳消しにする!」という命令です。 武士は大喜びしましたが、損をしたお金貸しは怒って「もう武士にはお金を貸さない」という態度に。結局、武士はさらにお金に困るという皮肉な結果になりました。
5. ミッション④:学問の自由も禁止!?
★ 昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)
江戸の湯島に幕府直轄の学校を作り、「朱子学(しゅしがく)」以外の学問を禁じました(寛政異学の禁)。 朱子学は「上下関係(主従関係)」を大切にする学問。幕府にとって都合の良い考え方をエリートたちに叩き込もうとしたのです。
6. 改革の結末:「清らかすぎて魚が住めない」
定信の政治は、不正をなくし財政を安定させましたが、庶民の間ではこんな「狂歌(きょうか)」が流行しました。
「白河(定信)の 清き魚の住みかねて 元のにごりの 田沼こひしき」
「白河藩出身の定信さんの政治は、水が綺麗すぎて魚が住めない(厳しすぎる)。わいろはあったけど、濁っていた田沼さんのゆるい時代が懐かしいなぁ」という皮肉です。
結局、定信の改革はわずか6年で終わりを迎えることになりました。
7. 基礎用語の確認問題(5問)
【問1】 第11代将軍徳川家斉のもとで、享保の改革を理想として寛政の改革を行った老中は誰ですか。
【問2】 凶作や天災に備えて、諸大名に米を蓄えさせた制度を何といいますか。
【問3】 江戸に出稼ぎに来ていた農民に、費用を支給して村へ帰るようすすめた命令を何といいますか。
【問4】 旗本や御家人の生活を助けるために、札差(お金貸し)からの借金を帳消しにさせた命令を何といいますか。
【問5】 松平定信が、朱子学以外の学問を禁じた江戸の学問所を何といいますか。
8. 基礎用語の確認問題の答え
【問1】 松平定信(まつだいらさだのぶ)
【問2】 囲米(かこいまい)の制
【問3】 旧里帰農令(きゅうりきのうれい)
【問4】 棄捐令(きえんれい)
【問5】 昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)
9. 入試に出る記述問題
【問題】 寛政の改革に対して、当時の人々が不満を抱いたのはなぜですか。前代の「田沼の時代」と比較して簡潔に説明しなさい。
10. 答え
【解答例】 自由な経済を認めた田沼の時代に対し、定信の政治は倹約令や厳しい規制を強いたため、人々の生活が窮屈(きゅうくつ)になったから。
11. まとめ



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