皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
江戸時代の歴史を勉強していると必ず出てくる、学者の政治家・新井白石(あらいはくせき)。
第5代将軍・徳川綱吉の死後、彼が行った「正徳(しょうとく)の治」の中で、最も有名なのが「貨幣(お金)の質を元に戻したこと」です。
「質の良いお金にするなら良いことじゃない?」と思うかもしれませんが、実はこれ、当時の日本経済を大混乱させる「諸刃の剣」でした。今回は、なぜ白石がわざわざお金の質を上げたのか、その理由と結果をスッキリ解説します!
新井白石の正徳の治
1. そもそも、なぜお金の質は下がっていたの?
白石が政治を行う前の第5代将軍・徳川綱吉の時代、幕府はお金がなくて困っていました。そこで当時の担当者、荻原重秀(おぎわらしげひで)がとんでもない裏技を思いつきます。
- 慶長小判(昔の質の良いお金):金の含有量 約85%
- 元禄小判(綱吉時代のお金):金の含有量 約60%
「本物の金の量を減らして、混ぜ物を増やせば、同じ量の金でたくさん小判が作れるじゃん!」と考えたのです。
結果: お金が世の中に溢れましたが、お金1枚の価値が下がったため、物価が暴騰(インフレ)してしまいました。「今まで小判1枚で買えたものが、2枚出さないと買えない!」という状態になり、庶民の生活は苦しくなっていたのです。
2. 新井白石が「お金の質を上げた」2つの理由

新井白石は、この状況を見て「これではいかん!」と立ち上がります。彼が小判の質を元に戻した理由は主に2つあります。
① 物価の上昇(インフレ)を止めるため
「お金の質が悪いから、みんながお金を信用しなくなって、モノの値段が上がるんだ」と白石は考えました。お金に含まれる金の量を増やして価値を高めれば、物価は下がるはずだと確信したのです。
② 幕府の「威信(プライド)」を取り戻すため
白石は儒学者(じゅがくしゃ)だったので、「将軍様が発行するお金に混ぜ物があるなんて、道徳的に許されない! 正しい政治には正しいお金が必要だ」というプライドを持っていました。
3. 【衝撃の結果】良かれと思ったのに不景気に!?
白石は、金の含有量を慶長小判と同じ85%に戻した「正徳小判」を発行しました。
狙い通り物価の上昇は止まりましたが、別の深刻な問題が発生します。それがデフレ(不景気)です。
- お金が足りない!:質を上げたせいで、作れるお金の枚数が減ってしまいました。
- モノが売れない:世の中からお金が消え、モノの値段が下がり続けました。
- 給料も下がる:値段が下がるとお店や商人の儲けが減り、みんなの収入も減ってしまいました。
白石の政治は「正論」でしたが、世の中にお金を回すという「経済の感覚」が少し足りなかったため、世の中はひどい不景気になってしまったのです。
4. 【豆知識】白石の「キレキレ」エピソード
新井白石は、実はとっても苦労人でした。
一時期は仕えていた家がクビになり、「浪人(無職)」として生活していました。しかし、冬の寒い日でも冷水を浴びて眠気を覚ましながら勉強を続け、その圧倒的な知識で将軍の右腕にまで登りつめたのです。
だからこそ、彼は「正しい理屈」を何よりも大切にしたのかもしれませんね。
5. 基礎用語の確認問題(5問)
【問1】 第6代・7代将軍を助け、「正徳の治」と呼ばれる政治を行った儒学者は誰ですか。
【問2】 貨幣の質を落として物価の上昇を招いた、綱吉時代の担当者は誰ですか。
【問3】 お金の価値が下がり、モノの値段が上がり続ける現象を何といいますか。
【問4】 新井白石が小判の質を戻したことで起きた、モノの値段が下がり不景気になる現象を何といいますか。
【問5】 白石が金の流出を防ぐために制限をかけた、貿易が行われていた場所はどこですか。
6. 基礎用語の確認問題の答え
【問1】 新井白石(あらいはくせき)
【問2】 荻原重秀(おぎわらしげひで)
【問3】 インフレーション(インフレ)
【問4】 デフレーション(デフレ)
【問5】 長崎
7. まとめ



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