日米和親条約と日米修好通商条約の違いは?ペリーとハリスの「交換条件」を徹底解説!

歴史
この記事は約6分で読めます。

皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。

江戸時代の終わり、日本に大きな衝撃を与えた「開国」。教科書には「日米和親条約」「日米修好通商条約」という、名前の似た2つの条約が出てきますよね。

「どっちがどっちだっけ?」「何が違うの?」と混乱してしまう人も多いはず。でも大丈夫!この2つの条約は「握手」と「ビジネス」の違いだと考えると、一瞬で理解できるんです。

今回は、ペリーとハリスという2人のアメリカ人が日本に突きつけた条件と、テストに出る重要ポイントをスッキリ解説します!

日米和親条約と日米修好通商条約の違い


1. 日米和親条約(1854年):まずは「握手」から

1853年、浦賀に黒船(ペリー)がやってきました。アメリカが日本に来た最大の理由は、当時太平洋で行っていた「捕鯨(ほげい)」です。

  • アメリカの悩み: 当時の船は石炭で動いていましたが、燃料を積みきれず燃料不足になりやすかった。
  • 日本の役割: 太平洋の真ん中にある日本を、「燃料(石炭)や水の補給ポイント」にしたかったのです。

翌年、再びやってきたペリーと結んだのが「日米和親条約」です。

  • 人物: ペリー
  • 開港: 下田(静岡)・函館(北海道)の2港
  • 内容: 薪(燃料)・水・食料を与える。漂流民を助ける。
  • ポイント: まだ「貿易」はしていません。あくまで「困ったときはお互い様」という握手のような内容です。

2. 日米修好通商条約(1858年):本格的な「ビジネス」の開始

和親条約から4年後、今度はアメリカ総領事のハリスがやってきます。彼が求めたのは、補給だけではなく「商売(貿易)」をすることでした。

当時の幕府は、隣の清(中国)がアヘン戦争でイギリスにボロボロにされたのを知っていました。「断れば戦争になるかも……」という恐怖の中で結んだのが「日米修好通商条約」です。

  • 人物: ハリス
  • 開港: 神奈川(横浜)・長崎・新潟・兵庫(神戸)など5港
  • 内容: 貿易を始める。
  • 超重要: これが有名な「不平等条約」です!

3. 【徹底比較】テストに出る!不平等の正体

受験生が一番狙われるのが、修好通商条約の「不平等な内容」です。

項目日米和親条約 (1854)日米修好通商条約 (1858)
相手ペリーハリス
主な目的燃料・水の補給(握手)貿易の開始(ビジネス)
開いた港下田・函館横浜・長崎・新潟・神戸など
不平等①領事裁判権(治外法権)を認める
不平等②関税自主権がない

★ 覚え方:不平等の意味

  • 領事裁判権: 外国人が日本で悪いことをしても、日本の法律で裁けない(アメリカの裁判官が裁く)。「やりたい放題」を許してしまう権利です。
  • 関税自主権がない: 輸入品にかける税金(関税)を日本が自由に決められない。外国の安い製品がドッと入ってきて、日本の産業がピンチになります。

4. 【豆知識】幕府の必死な「反撃」!?

「幕府は弱腰で、アメリカの言いなりだった」と思われがちですが、実は資料(『55 開国と不平等条約』)をよく見ると、幕府も必死に抵抗していたことがわかります。

★ 遊歩範囲(ゆうほはんい)の制限

ハリスは「アメリカ人が自由に日本中を歩けるようにしろ!」と要求しましたが、幕府はこれを「5里〜7里(約20〜28km)」程度に抑え込みました。

なぜか? 外国人が自由に奥地まで行くと、日本の産業が直接乗っ取られたり、清のようにアヘンをバラまかれたりするのを防ぐためです。幕府は、不平等な中でも「日本の産業を守る」ためにギリギリの交渉をしていたんですね。


5. 基礎用語の確認問題(5問)

【問1】 1854年、ペリーと結んだ、燃料や水の補給を認めた条約は何ですか。

【問2】 1858年、ハリスと結んだ、貿易を開始するための条約は何ですか。

【問3】 日米修好通商条約で認めさせられた、外国人が犯した罪をその国の領事が裁く権利を何といいますか。

【問4】 日本が輸入品にかける税率を自ら決めることができない状態を、何が「ない」といいますか。

【問5】 日米和親条約で最初に開かれた2つの港はどこですか。


6. 基礎用語の確認問題の答え

【問1】 日米和親条約

【問2】 日米修好通商条約

【問3】 領事裁判権(または治外法権)

【問4】 関税自主権

【問5】 下田(しもだ)・函館(はこだて)


7. 入試に出る記述問題

【問題】

アメリカが日本に開国を求めた最大の目的を、「捕鯨」と「燃料」という言葉を使って説明しなさい。


8. 答え

【解答例】

太平洋で捕鯨を行う船が、燃料の石炭や水、食料を補給するための拠点を日本に確保したかったから。


9. まとめ

  1. 日米和親条約は、捕鯨船の「補給」を目的とした握手の条約
  2. 日米修好通商条約は、「貿易」を開始した本格的なビジネスの条約
  3. 修好通商条約は領事裁判権の承認と関税自主権の欠如という不平等な内容だった
  4. 幕府は遊歩範囲を制限することで、日本の産業が外国に直接支配されるのを防ごうとした
  5. この不平等条約の改正は、その後の明治政府の大きな目標(外交課題)となった


コメント

タイトルとURLをコピーしました