皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
江戸時代の終わり、日本に大きな衝撃を与えた「開国」。教科書には「日米和親条約」と「日米修好通商条約」という、名前の似た2つの条約が出てきますよね。
「どっちがどっちだっけ?」「何が違うの?」と混乱してしまう人も多いはず。でも大丈夫!この2つの条約は「握手」と「ビジネス」の違いだと考えると、一瞬で理解できるんです。
今回は、ペリーとハリスという2人のアメリカ人が日本に突きつけた条件と、テストに出る重要ポイントをスッキリ解説します!
日米和親条約と日米修好通商条約の違い
1. 日米和親条約(1854年):まずは「握手」から
1853年、浦賀に黒船(ペリー)がやってきました。アメリカが日本に来た最大の理由は、当時太平洋で行っていた「捕鯨(ほげい)」です。
- アメリカの悩み: 当時の船は石炭で動いていましたが、燃料を積みきれず燃料不足になりやすかった。
- 日本の役割: 太平洋の真ん中にある日本を、「燃料(石炭)や水の補給ポイント」にしたかったのです。
翌年、再びやってきたペリーと結んだのが「日米和親条約」です。
- 人物: ペリー
- 開港: 下田(静岡)・函館(北海道)の2港
- 内容: 薪(燃料)・水・食料を与える。漂流民を助ける。
- ポイント: まだ「貿易」はしていません。あくまで「困ったときはお互い様」という握手のような内容です。
2. 日米修好通商条約(1858年):本格的な「ビジネス」の開始
和親条約から4年後、今度はアメリカ総領事のハリスがやってきます。彼が求めたのは、補給だけではなく「商売(貿易)」をすることでした。
当時の幕府は、隣の清(中国)がアヘン戦争でイギリスにボロボロにされたのを知っていました。「断れば戦争になるかも……」という恐怖の中で結んだのが「日米修好通商条約」です。
- 人物: ハリス
- 開港: 神奈川(横浜)・長崎・新潟・兵庫(神戸)など5港
- 内容: 貿易を始める。
- 超重要: これが有名な「不平等条約」です!
3. 【徹底比較】テストに出る!不平等の正体
受験生が一番狙われるのが、修好通商条約の「不平等な内容」です。
| 項目 | 日米和親条約 (1854) | 日米修好通商条約 (1858) |
| 相手 | ペリー | ハリス |
| 主な目的 | 燃料・水の補給(握手) | 貿易の開始(ビジネス) |
| 開いた港 | 下田・函館 | 横浜・長崎・新潟・神戸など |
| 不平等① | - | 領事裁判権(治外法権)を認める |
| 不平等② | - | 関税自主権がない |
★ 覚え方:不平等の意味
- 領事裁判権: 外国人が日本で悪いことをしても、日本の法律で裁けない(アメリカの裁判官が裁く)。「やりたい放題」を許してしまう権利です。
- 関税自主権がない: 輸入品にかける税金(関税)を日本が自由に決められない。外国の安い製品がドッと入ってきて、日本の産業がピンチになります。
4. 【豆知識】幕府の必死な「反撃」!?
「幕府は弱腰で、アメリカの言いなりだった」と思われがちですが、実は資料(『55 開国と不平等条約』)をよく見ると、幕府も必死に抵抗していたことがわかります。
★ 遊歩範囲(ゆうほはんい)の制限
ハリスは「アメリカ人が自由に日本中を歩けるようにしろ!」と要求しましたが、幕府はこれを「5里〜7里(約20〜28km)」程度に抑え込みました。
なぜか? 外国人が自由に奥地まで行くと、日本の産業が直接乗っ取られたり、清のようにアヘンをバラまかれたりするのを防ぐためです。幕府は、不平等な中でも「日本の産業を守る」ためにギリギリの交渉をしていたんですね。
5. 基礎用語の確認問題(5問)
【問1】 1854年、ペリーと結んだ、燃料や水の補給を認めた条約は何ですか。
【問2】 1858年、ハリスと結んだ、貿易を開始するための条約は何ですか。
【問3】 日米修好通商条約で認めさせられた、外国人が犯した罪をその国の領事が裁く権利を何といいますか。
【問4】 日本が輸入品にかける税率を自ら決めることができない状態を、何が「ない」といいますか。
【問5】 日米和親条約で最初に開かれた2つの港はどこですか。
6. 基礎用語の確認問題の答え
【問1】 日米和親条約
【問2】 日米修好通商条約
【問3】 領事裁判権(または治外法権)
【問4】 関税自主権
【問5】 下田(しもだ)・函館(はこだて)
7. 入試に出る記述問題
【問題】
アメリカが日本に開国を求めた最大の目的を、「捕鯨」と「燃料」という言葉を使って説明しなさい。
8. 答え
【解答例】
太平洋で捕鯨を行う船が、燃料の石炭や水、食料を補給するための拠点を日本に確保したかったから。





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