「昭和恐慌」の悲劇と日本が戦争へ向かった理由を解説!

昭和時代
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皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。

1920年代、日本は大正デモクラシーの波に乗り、民主主義への道を歩み始めたかのように見えました。しかし、その後に待っていたのは、現代の私たちが想像もできないほど「絶望的な不景気」でした。

子どもたちはお弁当を持ってこられず、農村では家族を救うために娘が売られる……。 なぜ、日本はこれほどまでに追い詰められてしまったのか? その原因は、たった一つの出来事ではなく、10年間にわたる「負の連鎖」にありました。

今回は、日本の運命を大きく変えた昭和恐慌(しょうわきょうこう)の全貌を、世界一わかりやすくガチ解説します!

昭和恐慌


1. 昭和恐慌への「負の連鎖」:3つの大ショック

昭和恐慌は、突然起きたわけではありません。1920年代から始まった不況のトリプルパンチが日本経済をボロボロにしていました。

① お祭りのあとの大不況:戦後恐慌(1920年)

第一次世界大戦中、日本は「大戦景気」で大儲けしました。しかし戦争が終わると、ヨーロッパの生産が回復し、日本製品はパッタリ売れなくなります。倉庫には在庫が山積みになり、株価も大暴落しました。

② 自然の猛威が経済を直撃:関東大震災(1923年)

1923年9月1日、お昼時の東京・横浜を巨大地震が襲いました。

  • 被害の理由: ちょうど昼食の準備中で火を使っていたこと、木造住宅が密集していたこと、そして強風が重なり、火災が街を飲み込みました。
  • 経済への影響: 首都が壊滅し、政府は復興のために「震災手形(しんさいてがた)」という多額の借金を銀行に負わせることに。これが後に経済の爆弾となります。

③ 大臣の失言でパニック:金融恐慌(1927年)

震災後の借金で銀行の経営が苦しくなっていた時、大蔵大臣が議会で「ある銀行がつぶれた」とうっかり発言。

  • 取り付け騒ぎ 驚いた国民が自分のお金を引き出そうと銀行に殺到! 多くの銀行が倒産し、パニックになりました。
1927年(昭和2年)3月23日当時の取り付け騒ぎ(昭和金融恐慌 – Wikipedia

2. トドメの「世界」と「昭和」:1929年〜1930年

日本がフラフラの状態のとき、ついに世界中を巻き込む大不況がやってきます。

  • 世界恐慌(1929年): アメリカの株価暴落から始まり、世界中に不況が広がりました。イギリスやフランスは植民地を囲い込むブロック経済で対抗しましたが、植民地のない日本は貿易から締め出されました。
  • 金解禁(きんかいきん)の失敗: 1930年、濱口雄幸内閣は経済を強くしようと決断しましたが、タイミングが最悪! 世界恐慌の真っ只中に実施したため、日本の輸出は壊滅。これが昭和恐慌の直接のきっかけとなりました。
  • 生糸(きいと)の暴落: 最大の輸出品だった生糸(ストッキングの原料)がアメリカで売れなくなり、日本の農村は収入を失いました。

3. 昭和恐慌の絶望的なリアル

昭和恐慌の影響は、国民の命を脅かすほど深刻でした。

  • 欠食児童(けっしょくじどう) 「貧ゆえに 空弁当の子もありき 頭痛よそおい 昼食べざりき」 お弁当が空っぽで、恥ずかしくて「頭が痛い」と嘘をついて昼食を食べないふりをする子が激増。お腹が空きすぎて、学校の庭の草を食べる子までいたと言われています。
  • 農村の悲劇: 1930年の豊作貧乏(米が余って価格暴落)、1931年の凶作が重なりました。東北地方などでは家族が生きるために、実の娘を売る(身売り)という悲惨な出来事が相次ぎました。
  • 争議の増加: 生活が苦しいため、小作争議労働争議が過去最高の件数に。社会への不満が爆発しました。

4. 財閥への怒りと日本が進んだ道

国民がこれほど苦しんでいるのに、裏で儲けていたのが財閥(ざいばつ)(三井・三菱など)でした。

  • 政財界の癒着: 財閥は政治家にわいろを渡し、自分たちに有利な政策を作らせていました。
  • 軍部への期待: 国民は「政党も財閥も信用できない! 国を救ってくれるのは軍部だけだ!」と考えるようになります。
  • 満州事変(まんしゅうじへん) 1931年、資源と土地を求めて軍部が暴走。この状況を打開するために、日本は武力による海外進出、つまり戦争の道へと突き進んでいくことになりました。

5. 実力確認!一問一答(テスト・受験対策)

【問1】 1923年、首都圏に壊滅的な打撃を与え、経済混乱のきっかけとなった災害は何ですか?

【問2】 1927年、銀行の倒産が相次ぎ、取り付け騒ぎが起きた出来事を何といいますか?

【問3】 1929年にアメリカから始まった世界規模の経済不況を何といいますか?

【問4】 昭和恐慌の際、アメリカへの輸出が激減し、日本の農村に大打撃を与えた製品は何ですか?

【問5】 経済的な苦境を打開するため、1931年に軍部が中国で開始した軍事行動は何ですか?


6. 一問一答の答え

【問1】 関東大震災

【問2】 金融恐慌

【問3】 世界恐慌

【問4】 生糸

【問5】 満州事変


7. テスト・受験に出る論述問題と答え

【問題】 昭和恐慌が発生した際、なぜ多くの国民が政党政治に不満を持ち、軍部を支持するようになったのか説明しなさい。

【答え】 政党が財閥と結びついて自らの利益を優先し、恐慌による欠食児童や身売りといった深刻な国民の苦しみを救えなかったため、力強い行動で現状を打破しようとする軍部に期待が集まったから。


8. まとめ

  1. 大戦後の不況、関東大震災金融恐慌という「負の連鎖」が下地となっていた!
  2. 世界恐慌の影響で生糸の輸出が激減し、1930年に昭和恐慌が起きた!
  3. 農村では欠食児童や娘の身売りが行われるほどの惨状になり、国民の不満が爆発した。
  4. 国民を救えない政党や財閥への怒りが、満州事変による軍事解決を支持する土壌を作った!


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