五・一五事件と二・二六事件とは?政党政治の終焉と軍部の台頭をやさしく解説!

歴史
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皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。

「話せばわかる」は通じなかった!?

皆さんは、日本の総理大臣が命を狙われる……なんて恐ろしい時代があったことを知っていますか? 「民主主義の黄金時代」だったはずの大正時代が終わり、日本が暗い戦争の道へと突き進む決定的なきっかけとなったのが、今回解説する2つの大事件です。

五・一五事件二・二六事件

「似たような名前で覚えにくい!」「結局何が変わったの?」 そんな皆さんのために、テストに出るポイントから、当時の日本がどれほど異常な空気だったのかまで、世界一わかりやすくガチ解説します!


1. 「話せばわかる」の悲劇:五・一五事件(1932年)

五・一五事件犬養毅

すべては、一人の「信念を持ったおじいちゃん首相」の死から始まりました。

  • ターゲット: 犬養毅(いぬかいつよし)首相。
  • 背景: 当時の日本は満州事変の真っ最中。軍部(関東軍)は勝手に「満州国」を造りましたが、犬養首相は「国際社会(アメリカやイギリス)と仲悪くなるのはマズい!」として、満州国を認めませんでした。これに軍部がブチギレたのです。
  • 事件の瞬間: 1932年5月15日、武装した海軍の青年将校たちが首相官邸を襲撃。
    • 犬養首相は「話せばわかる」と言って説得しようとしましたが、将校たちは「問答無用、撃て!」と引き金を引き、彼は暗殺されてしまいました。

★ これがテストに出る!:政党政治の終わり

この事件で、大正時代から続いていた「選挙で選ばれた政党のトップが首相になる」という政党内閣の時代が、ついに終了してしまいました。これ以降、軍人出身の首相が選ばれるようになり、軍部の発言力がどんどん強まっていきます。


2. 驚きの世論:犯人が「ヒーロー」に!?

事件後の日本の空気が、実は一番恐ろしいポイントです。

  • 国民の反応: 昭和恐慌で苦しんでいた国民は、「政治家は財閥と癒着して私腹を肥やしている!」と不満を持っていました。そのため、凶行に及んだ将校たちを「国を想う熱血漢だ!」と応援する人が続出したのです。
  • 寛大な処分: 裁判所には、犯人の減刑を求める助命嘆願書が数万通も届きました。その結果、犯人たちは数年で出所。「首相を殺しても大した罪にならない」という空気こそが、次の悲劇を招きました。

3. 帝都パニック:二・二六事件(1936年)

二・二六事件

五・一五事件から4年後、さらに規模が大きく、恐ろしいテロが起きます。

  • 実行犯: 陸軍の青年将校らに率いられた、約1500名もの兵士たち。
  • 現場: 雪の降る東京。首相官邸や政府の重要拠点を次々と占拠しました。
  • 狙われたVIPたち:
    • 高橋是清(たかはしこれきよ):大蔵大臣。「軍事費を削って経済を立て直そう」としていたため、暗殺されました。
    • 斎藤実:内大臣。
    • 岡田啓介首相:別人と間違われて、奇跡的に助かりました。

4. 結末:軍部に逆らえない「恐怖の時代」へ

このクーデターは、最終的に昭和天皇の怒りによって鎮圧されましたが、政治に与えた影響は絶大でした。

「軍部の気に入らない政治をすれば、また殺される……」

この恐怖心が、政治家や国民の口を封じました。以後、軍部は政治の主導権を完全に握り、日本は中国との全面戦争(日中戦争)へと突き進んでいくことになります。


5. 実力確認!一問一答(テスト・受験対策)

【問1】 1932年、海軍の青年将校らが犬養毅首相を暗殺し、政党内閣を終わらせた事件は何ですか?

【問2】 五・一五事件の際、犬養首相が犯人に対して放った有名な言葉は何ですか?

【問3】 1936年、陸軍の青年将校らが1500人の兵士を率いて東京を占拠し、高橋是清らを殺害した事件は何ですか?

【問4】 二・二六事件で暗殺された、軍事費の抑制(予算削減)を図っていた元首相の大蔵大臣は誰ですか?

【問5】 五・一五事件以降、軍部の台頭によって終わりを迎えた、議会の多数派が組織する内閣の仕組みを何といいますか?


6. 一問一答の答え

【問1】 五・一五事件

【問2】 「話せばわかる」

【問3】 二・二六事件

【問4】 高橋是清

【問5】 政党内閣


7. テスト・受験に出る論述問題と答え

【問題】 五・一五事件が日本の政治に与えた決定的な影響を、その後の首相の選出方法に触れて説明しなさい。

【答え】 原敬内閣から続いていた「衆議院の多数党のトップが内閣を組織する」という政党内閣(憲政の常道)の慣習が途絶え、以後は軍人出身者が首相を務めるなど、軍部の政治的影響力が急速に強まった。


8. まとめ

  1. 五・一五事件(1932)で犬養毅首相が暗殺され、大正以来の政党内閣が終了した!
  2. 犬養首相は「アメリカ・イギリスとの協調」を重視したが、満州進出を急ぐ軍部と対立し、犠牲となった。
  3. 二・二六事件(1936)では陸軍の大部隊が東京を占拠し、高橋是清らが殺害される大惨事となった。
  4. この2つのテロ事件の結果、政治家は軍部を恐れるようになり、日本は軍事優先の国家へと変貌していった!


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