明治時代
明治政府は欧米に追いつくために日本を近代国家にしようとした
近代国家にするためには古い日本の文化を捨て
欧米の文化を取り入れる必要があった
文明開化とは欧米の文化が入ってきて、人々の生活が変化すること
文明開化とは
文明開化とは具体的にどのようなことがあったのか
わかりやすく、簡単に解説していきます。
文明開化
① 文明開化とは
江戸時代の終わりに鎖国を辞めた日本
明治時代となり、江戸時代とは違い急速に、欧米の文化が入ってきます。
欧米の文化が入ってきて、人々の生活が変化していきました。
これを「文明開化」といいます。
欧米の文化が入ってきたことにより、人々の生活が変化した風潮
② 文明開化の具体例
文明開化によってどのように生活が変化したのか
具体的に見ていきましょう。

明治時代の街の様子です。
絵を見ると江戸時代からあったものと、明治時代から入ったものがあります。
明治時代に入ってきたものには、馬車や洋服、人力車、馬車、レンガ造りの建物、ガス灯、こうもり傘などがあげられます。
タイヤの技術は西洋から入ってきたので人力車も明治時代から普及したようです。
絵を見るだけでも文明開化の例はたくさん出てきます。
服装、髪型、食べる物まで、様々なものが欧米から入ってきました。
有名な絵で、牛鍋を食べている絵が残っています。牛鍋は文明開化の影響で日本に入ってきました。
左の人はちょんまげで和服を着ています。右の人は洋服を着て、髪型は「ざんぎり頭」と呼ばれるものです。
多くの人が服装を洋風に髪型をちょんまげからざんぎり頭に変えていきました。
下駄⇒くつ
着物⇒洋服
木造⇒レンガ建て
和傘⇒こうもり傘
徒歩⇒馬車
ちょんまげ⇒ざんぎり頭
③ 太陽暦の使用
また、暦(こよみ)を変更しました。
それまでは中国で使われたいた太陰暦を使っていました。
これは、月の満ち引きを基準にしていました。「旧暦の○月」と聞くのはこちらの暦です。
明治政府は「太陽暦」と呼ばれる太陽の位置を基準にしました。
太陽暦は欧米が採用していたので、採用しました。
太陽暦は1日は24時間、1週間は7日という現在も私たちが使っている暦です。
まとめ

- 文明開化とは欧米の文化が入ってきて人々の生活が変化した風潮
- 欧米から馬車や洋服、人力車、馬車、レンガ造りの建物、ガス灯、こうもり傘などが入ってきた
- 暦を欧米が使っていた太陽暦を使用し、現在も太陽暦を採用している
用語確認 一問一答
① 欧米の文化が入ってきて、人々の生活が変化した風潮
用語確認 一問一答 ~答え~
① 文明開化