福沢諭吉と中江兆民をわかりやすく解説!日本の「自由・平等」の始まり

歴史
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皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も一緒に社会科の歴史について学んでいきましょう!

明治時代になり、建物や服装が変わる「文明開化」が起きましたが、実は「頭脳の文明開化」も起きていました。それが欧米から入ってきた「自由」や「平等」という新しい思想です。

今回は、現代の私たちにもつながる考えを広めた2人のキーマン、福沢諭吉中江兆民についてスッキリ解説します!

頭脳の文明開化~福沢諭吉・中江兆民~


1. 福沢諭吉:『学問のすゝめ』で人生逆転!

1万円札の顔としておなじみの福沢諭吉。彼が書いた『学問のすゝめ』は、当時の日本で記録的なベストセラーになりました。

(明治24年(1891年)ごろの福沢諭吉の肖像 出典:Wikipedia

『学問のすゝめ』をざっくり要約すると…

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」

人は生まれながらに平等だ!それなのに、世の中に「賢い人・愚かな人」「豊かな人・貧しい人」の差があるのはなぜか?それは「学問をしたか、しなかったか」その努力の差だ。

江戸時代のような身分制度はなくなった。これからは学問をして実力をつければ、誰にでも成功のチャンスがある。だからみんな、自立するために一生懸命学ぼう!

社会人先生の視点:

「努力次第でどうにかなる!」という考えは、当時の人々に大きな希望を与えました。一方で現代では「生まれた環境の差(教育格差)」も議論されますが、当時は「学問こそが成功への唯一の武器」だったのですね。


2. 中江兆民:民主主義の種をまいた「東洋のルソー」

福沢諭吉が「個人の自立」を説いたのに対し、中江兆民は「政治のあり方」について新しい考えを紹介しました。

(中江兆民 出典:Wikipedia

 ルソーは社会契約論で「人民主権」を唱えました。

 「国民」という意識が芽生えるのは、日本ではもう少し先のことです。

 これまで「江戸幕府に従う」「藩に従う」という「幕藩体制」で政治が行われていました。
 そこに急に

 人民(国民)が政治を決められるぞ!

 と考えた庶民は感銘を受けます。今では当たり前かもしれませんが、当時は考えられない内容でした。

 お年寄りは「まあ、そうは言っても・・・」という感じでしたが、
 若い人にとっては「夢のような話し」です。

  • 東洋のルソー:フランスの思想家ルソーが唱えた「社会契約論」を訳し、日本に紹介しました。
  • 人民主権(国民主権):それまでの「お上の言うことに従う」という考えを覆し、「国の主権は人民(国民)にある!」と主張しました。

当時、幕府や藩に縛られていた庶民にとって、自分たちが政治の主役になれるという考えは、まさに「夢のような話」でした。この思想が、のちに国民が国会開設を求める自由民権運動へとつながっていくのです。


3. 基本用語のキーワード

テストに出る重要ポイントを表でマスターしましょう!

重要人物主な著書・呼び名主張したこと・影響
福沢諭吉『学問のすゝめ』人間の平等と、実力をつけるための学問の重要性を説いた。
中江兆民東洋のルソールソーの思想を紹介し、人民主権を唱えた。
ルソー『社会契約論』フランスの思想家。中江兆民がその考えを日本に広めた。
自由民権運動――中江兆民らの思想に影響を受け、国民が政治参加を求めた動き。

4. 基礎用語の確認問題(3問)

【問1】「天は人の上に人を造らず…」という言葉で知られる、福沢諭吉の著書は何ですか。

【問2】ルソーの思想を日本に紹介し、「東洋のルソー」と呼ばれた人物は誰ですか。

【問3】中江兆民が紹介した、国家の主権は国民にあるという考え方を何といいますか。


5. 基礎用語の確認問題の答え

【問1】 『学問のすゝめ』

【問2】 中江兆民

【問3】 人民主権(国民主権)


6. 高校入試対応:記述問題

【問題】

福沢諭吉は『学問のすゝめ』の中で、人は平等であると述べた一方で、現実に貧富の差が生まれる理由を何だと説明していますか。

【解答例】

学ぶか学ばないかという、本人の学問に対する努力の差によって違いが生まれると説明している。

まとめ

福沢諭吉が「個人の心」を開かせ、中江兆民が「政治の目」を開かせた。この2人の思想があったからこそ、日本は単なる建物の近代化だけでなく、中身(考え方)も近代化することができたのです。

皆さんが今、当たり前に学校で学んでいることも、実はこの「学問のすゝめ」の精神がルーツかもしれませんね!


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