江戸の2大学問!国学と蘭学を世界一わかりやすくガチ解説!

歴史
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江戸時代全体の大きな流れを先に掴んでおくと、この内容がもっとスッキリ理解!!

皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。

江戸時代、11代将軍・徳川家斉の頃(化政文化の頃)は、庶民の文化が爆発しましたが、実は学問もものすごく熱かったんです!

「学問?難しそうだし、今の生活に関係ないじゃん」と思ったそこの君!甘い!

今の日本の「アイデンティティ(日本人としての誇り)」や「科学技術」の基礎は、この時代に作られたと言っても過言ではありません。

特に、入試やテストで絶対に外せないのが国学(こくがく)蘭学(らんがく)の2つ。

「どっちがどっちだっけ?」「杉田玄白って何した人?」

そんな疑問をスッキリ解決!ターゲットは小学生から受験生まで、世界一わかりやすく、かつ濃厚にガチ解説します!これでお盆のニュースも、歴史の授業もバッチリです!

国学と蘭学の違い


1. 国学と蘭学、何が違うの?(一目瞭然比較表)

まず、この2つの学問の違いを、現代の言葉で例えてみましょう。

項目国学(日本の心)蘭学(世界の知)
何を学ぶ?日本の古い本(古典)西洋の科学技術(オランダ経由)
目的は?外国の影響がない、日本本来の素晴らしさ(アイデンティティ)を探る実用的な知識(医学・天文学など)を得て、生活を豊かにする
スター(人物)本居宣長杉田玄白前野良沢伊能忠敬
代表作『古事記伝』『解体新書』、日本地図(大日本沿海輿地全図)
現代への影響日本の伝統文化、アイデンティティ近代科学、医学の基礎
キャッチコピー「日本の素晴らしい心を探求する学問」「世界の最新サイエンスを吸収する学問」

2. なぜ江戸時代に学問が発展したのか?

江戸時代、特に後半にこれらの学問が爆発的に伸びたのには、理由があります。

  1. 社会が安定した: 戦争がなくなり、人々が学ぶ時間と心の余裕ができました。
  2. 経済が発展した: 商売で成功した町人や、豊かな農民が増え、学費を払えるようになりました。
  3. 交通網が整備された: 街道が整備され、情報や本、人が日本全国を動くようになりました。
  4. 好奇心が高まった: 鎖国下でも、長崎の出島から西洋の最新情報が入ってきて、好奇心を刺激しました。また、幕府の政治に対する疑問から、日本本来の姿を知りたいという動き(国学)も生まれました。
国学と蘭学

3. 【国学】日本の素晴らしさを探求する学問

国学とは?

外国(主に中国やインド)の思想(儒教や仏教)が入る前の、日本本来の純粋な心(古道・こどう)を、『古事記』『万葉集』などの古い本(古典)の研究から明らかにしようとする学問です。

スター、本居宣長(もとおりのりなが)

国学を完成させたのが、この人です。

★ 『古事記伝(こじきでん)』の完成

日本最古の歴史書『古事記』は、とても難解で、当時は誰も読めませんでした。宣長は35年という気が遠くなるような時間をかけて、『古事記』の言葉を一つずつ解き明かし、注釈(解説)を付けた『古事記伝』を完成させました。これにより、神話時代の日本の素晴らしさが明らかになったのです。

★ 面白エピソード:鈴が大好き!

本居宣長は、実はとても可愛らしい一面がありました。なんと、が大好きだったのです!

自分の書斎を「鈴屋(すずのや)」と名付け、鈴をたくさんぶら下げていました。勉強が行き詰まると、鈴をシャンシャンと鳴らして気分転換していたそうです。鈴の音色で神様とつながっていると感じていたのかもしれません。

受験生の君も、好きな香りを嗅いだり、音楽を聴いたりして気分転換するのと同じですね!

★ 尊王攘夷(そんのうじょうい)運動への影響

宣長の「日本本来の姿を尊ぶ」思想は、後に「天皇を尊び、外国人を追い出す」という尊王攘夷思想へとつながり、幕末の志士たち(坂本龍馬や吉田松陰など)に大きな影響を与えました。


4. 【蘭学】世界のサイエンスを吸収する学問

蘭学とは?

オランダ語を通じて、西洋の医学・天文学・地理学などの実用的な科学技術を学ぶ学問です。鎖国下でもオランダとは貿易していたため、西洋の情報はオランダ経由で入ってきました。

伝説のタッグ、杉田玄白(すぎたげんぱく)と前野良沢(まえのりょうたく)

★ 『解体新書(かいたいしんしょ)』の完成

当時の日本の医学は、中国から伝わった漢方医学が中心で、人間の体の中については、とても曖昧でした。玄白と良沢は、西洋の解剖書『ターヘル・アナトミア』を手に入れ、そこに描かれている図が、それまでの漢方医学の知識と全く違うことに気づきます。

彼らは、死刑囚の腑分け(ふわけ、解剖)に立ち会い、自分たちの目で、西洋の解剖図が正しいことを確認しました。

「これは本物だ!日本語に翻訳して、日本の医学を救わなければ!」

しかし、オランダ語の辞書なんてありません。彼らは、暗闇を歩くように、一つ一つの単語の意味を推測し、議論しながら、3年かけて『解体新書』を翻訳・出版しました。

★ 前野良沢のエピソード:蘭学の化け物

『解体新書』といえば杉田玄白が有名ですが、実は、翻訳の実作業を中心になって行ったのは、前野良沢でした。彼は語学の天才で、オランダ語を学ぶために長崎へ行き、驚異的なスピードで習得しました。杉田玄白は自伝『蘭学事始』の中で、良沢のことを「蘭学の化け物」と称賛しています。

しかも、良沢は完璧主義者で、『解体新書』が出版される際、「まだ完璧じゃない」と言って、自分の名前を載せることを拒否しました。名誉よりも学問の真実を優先した、かっこいい学者さんでした。

地図の天才、伊能忠敬(いのうただたか)

★ 日本地図(大日本沿海輿地全図)の作成
伊能忠敬が描いた日本地図(大日本沿海輿地全図 – Wikipedia

西洋の天文学や測量術を使って、日本全国を実際に歩いて測量し、正確な日本地図を作ったのが伊能忠敬です。その正確さは、現代の衛星写真とほぼ変わらないレベルで、幕府を驚かせました。

★ 面白エピソード・豆知識
  1. 50歳過ぎてから勉強を始めた:忠敬は、49歳で隠居(仕事を引退)してから、江戸へ出て本格的に天文学を学び始めました。何かを始めるのに、年齢は関係ないということを教えてくれますね!
  2. 目的はカレンダーの仕組みを知ること:彼が地図を作ったのは、天文学を学ぶためにカレンダー(暦)の仕組みを知りたかったからです。正確な地図を作ることで、地球の大きさや、カレンダーの計算に役立てようとしました。
  3. 地球1周分を歩いた:17年間かけて日本全国を歩き、その距離は約4万キロ、なんと地球1周分に相当します!
  4. 歩幅が常に一定:測量のために、彼の歩幅は常に一定(約69センチ)でした。どんな場所でも同じ歩幅で歩く練習を繰り返したそうです。
蘭学

5. 医学や天文学などの発展

蘭学は、単なる知識ではなく、実用的な分野で大きな成果を上げました。

  • 医学: 華岡青洲(はなおかせいしゅう)は、世界で初めて全身麻酔を使った乳がん手術に成功しました。蘭学の医学知識が応用されました。
  • 天文学: 志筑忠雄(しづきただお)は、オランダ語の物理学書から「重力」という言葉を訳し、ニュートンの地球引力説を紹介しました。また、高橋至時(たかはしよしとき)らは、新しい暦(カレンダー)の作成に貢献しました。

6. テストに出る!国学・蘭学一問一答(受験生向け)

テストや入試でそのまま狙われるポイントを凝縮しました。全問正解を目指しましょう!

【問1】 日本古来の伝統や精神を、『古事記』や『万葉集』などの古典研究から明らかにしようとした学問を何といいますか?

【問2】 国学を大成させ、35年かけて『古事記伝』を執筆した人物は誰ですか?

【問3】 オランダ語を通じて、西洋の医学や天文学などの科学技術を学ぶ学問を何といいますか?

【問4】 杉田玄白や前野良沢らが、西洋の解剖書を翻訳して出版した医学書を何といいますか?

【問5】 50歳を過ぎてから天文学を学び、日本全国を測量して正確な日本地図を作成した人物は誰ですか?

【問6】 世界で初めて全身麻酔を用いた乳がん手術に成功した、紀伊国(和歌山県)の医師は誰ですか?


7. 一問一答の答え

【問1】 国学

【問2】 本居宣長

【問3】 蘭学

【問4】 『解体新書』

【問5】 伊能忠敬 【問6】 華岡青洲(はなおかせいしゅう)


8. テスト・受験に出る論述問題と答え

論述問題は「なぜそれが行われたか」「何がすごかったのか」をセットで覚えるのがコツです。

【問題1】 杉田玄白や前野良沢が、苦労して『解体新書』を翻訳しようと決意した直接のきっかけは何ですか。

【答え】 死刑囚の解剖(腑分け)に立ち会った際、西洋の解剖書の図が実際の体内組織と正確に一致していることに驚き、これまでの漢方医学よりも西洋医学が優れていると確信したから。

【問題2】 本居宣長が『古事記伝』を執筆した目的について、「仏教」「儒教」という語句を使って説明しなさい。

【答え】 外来の思想である仏教儒教が日本に入る前の、**日本本来の純粋な心(古道)**を研究によって明らかにし、日本の素晴らしさを探求するため。


9. まとめ:江戸の学問が作った「日本の未来」

  1. 国学は日本人のアイデンティティを、蘭学は日本の科学技術の基礎を作った!
  2. 本居宣長の『古事記伝』は、後の尊王攘夷思想にも大きな影響を与えた。
  3. 杉田玄白前野良沢の『解体新書』は、実証的な近代医学の幕開けとなった。
  4. 伊能忠敬の日本地図は、歩いて測ったとは思えないほど正確で、世界を驚かせた!
  5. これらの学問は、江戸時代の人々の「もっと知りたい!」という情熱から生まれたドラマそのものである。


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