皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
受験シーズンになると、誰もがお参りに行く「天満宮」。そこに祀られているのが、菅原道真(すがわらのみちざね)です。
「勉強ができる神様でしょ?」と思っている皆さん。実は彼、「日本史上最強の天才」でありながら、「日本史上もっとも悔しい思いをした人物」でもあるんです。
今日は、道真がなぜ神様になったのか、そのドラマチックすぎる一生を、感情たっぷりにお届けします!
菅原道真~神社と怨霊の物語~
1. 5歳で和歌を詠む!? 異次元の天才児
道真は、代々学者の家系に生まれました。しかし、彼の才能は親の期待をはるかに超えていました。
- 5歳の時: 庭に咲く梅を見て和歌を詠みました。「梅の花 紅(あか)く輝き 頬のよう……」。5歳でこれですよ?
- 10代の時: 役人になるための超難関試験に次々とトップ合格。
彼は単に「勉強ができる」だけでなく、詩や文章の美しさで、時の天皇を驚かせ続ける「スーパースター」だったのです。
2. 宇多天皇の「秘密兵器」として大抜擢!
当時の政治は、藤原氏(ふじわらし)という一族が独占していました。 「藤原氏ばかりが強くなるのは良くない!」と考えた宇多(うだ)天皇は、家柄ではなく「実力」で勝負する道真を大抜擢します。
学者の家系から、政治のトップクラスである「右大臣(うだいじん)」まで上り詰めたのは、日本の歴史上でも超レアケース。道真は、天皇の期待に応えようと必死に働きました。
3. 歴史を動かした決断:894年、遣唐使の廃止
受験生必須の暗記ポイントです!
道真は、唐(中国)の状況を冷静に分析しました。
「今の唐は乱れていて危ない。しかも、もう日本が学ぶことは十分学んだ。命をかけて海を渡るリスクを冒す必要はない!」
この道真の提案により、遣唐使は廃止されました。これがきっかけで、日本独自の「国風文化(こくふうぶんか)」が花開くことになったのです。
4. 悲劇の「左遷」:梅よ、主を忘れるな
道真の出世を面白くないと思っていたのが、藤原氏のリーダー、藤原時平(ふじわらのときひら)でした。
時平は「道真は天皇を裏切ろうとしている!」という嘘の情報を流します。信じてしまった天皇(醍醐天皇)は、道真を九州の大宰府(だざいふ)へと左遷(降格)させてしまいます。
都を去る時、道真は大好きな梅の木にこう歌いかけました。
「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
(春の風が吹いたら、香りを届けておくれ。主人の私がいなくても、春を忘れてはいけないよ)
伝説では、この梅が道真を追いかけて一晩で京都から大宰府まで飛んでいった(飛梅伝説)と言われています。それほど道真の悲しみは深かったのです。
5. 怨霊から「神様」へ:天に響く怒りの雷
道真は大宰府で、自分の無実を訴えながら、ボロボロの家で寂しく亡くなりました。
しかし、物語はここからが本番です。道真の死後、京都では恐ろしいことが次々と起こります。
- 嘘をついた時平が若くして亡くなる。
- 天皇のいる御所に巨大な雷(かみなり)が落ち、多くの貴族が亡くなる。
「これは道真様のたたり(怨霊)だ!」と恐れた人々は、彼の怒りを鎮めるために、北野天満宮(京都)や太宰府天満宮(福岡)に彼を神様として祀りました。
最初は「怒らせると怖い雷神様」として。 やがて、彼が生前素晴らしい秀才だったことから、「学問の神様」として全国で信仰されるようになったのです。
6. 基礎用語の確認!一問一答
【問1】 894年、道真の提案により廃止された、中国へ送られていた使節は何ですか?
【問2】 道真を重用した、藤原氏を抑えようとした天皇は誰ですか?
【問3】 道真を嘘で罠にはめ、大宰府へ追い出した藤原氏の人物は誰ですか?
【問4】 道真が亡くなった後、彼を祀るために建てられた福岡県の神社は何ですか?
【問5】 亡くなった人の霊が災いを起こすと信じられ、神として祀る信仰を何といいますか?
7. 一問一答・答え
【問1】 遣唐使(けんとうし)
【問2】 宇多天皇
【問3】 藤原時平
【問4】 太宰府天満宮
【問5】 御霊信仰(ごりょうしんこう)
8. 入試、定期テストに出やすい記述問題と答え
【問題】 菅原道真が、遣唐使の廃止を提案した主な理由を2つ説明しなさい。
- 唐の国内が乱れており、渡航が非常に危険だったから。
- 唐の文化を十分に吸収しており、学ぶ必要性が薄れたから。
9. まとめ






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