皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
奈良時代の歴史で必ずセットで出てくる2人の僧侶、「行基(ぎょうき)」と「鑑真(がんじん)」。
「どっちが何をしたか、名前が似ていて混乱する!」という声をよく聞きますが、実はこの2人、「役割」が全く違うんです。
一人は、民衆に絶大な人気を誇った「土木工事の達人」。
もう一人は、命をかけて海を渡ってきた「ルールの達人」。
今回は、この2人が日本の仏教、そして「奈良の大仏」にどう関わったのか、最新のデータと共にお届けします!
行基と鑑真の違い
1. 行基:民衆のリーダーから「大仏造り」の立役者へ
まずは、日本国内で大活躍したスーパー僧侶、行基です。

★ 行基のプロフィール
- ニックネーム: 「民衆の聖者」
- やったこと: 橋を架ける、ため池を造る、貧しい人のための施設を造る。
- 当時のルール違反!?: 実は当時、僧侶が勝手に外で布教(教えを広める)することは禁止されていました。そのため、最初は幕府に弾圧(取り締まり)されていたんです。
★ なぜ聖武天皇は彼をスカウトしたのか?
前回の「大仏造り」の記事でも紹介しましたが、聖武天皇は「みんなの力で大仏を造りたい」と願いました。しかし、天皇が呼びかけてもなかなか人は集まりません。
そこで白羽の矢が立ったのが、圧倒的なフォロワー数(支持者)を持っていた行基でした。
結果: 行基が協力したことで、全国から材料や労働力が集まり、不可能と言われた大仏プロジェクトが動き出しました。行基はのちに、僧侶の最高位である「大僧正」に任命されました。
2. 鑑真:5回の失敗、失明…それでも来日した情熱の男
次に、唐(中国)からやってきた伝説の僧侶、鑑真です。

★ 鑑真のプロフィール
- ニックネーム: 「不屈のルール・マスター」
- 目的: 日本に「戒律(かいりつ)」を伝えること。
- 過酷すぎる旅: 日本からのラブコールに応え、来日を決意。しかし、嵐や役人の妨害で5回も失敗。その間に視力を失ってしまいます。それでも諦めず、6回目(12年目!)にしてようやく日本の土を踏みました。
★ なぜ日本は「鑑真」を必要としたのか?
当時の日本の仏教は、「勝手に僧侶を名乗る人」が増えていて、ルールがめちゃくちゃでした。
そこで、「正式に僧侶になるためのルール(戒律)」を教えられるプロとして、鑑真が招かれたのです。彼は東大寺に「戒壇(かいだん)」を作り、多くの人に正式なルールを授けました。
3. 【一目でわかる】行基と鑑真の比較表
テストや入試で間違えないように、2人の違いをスッキリ整理しましょう!
| 項目 | 行基(ぎょうき) | 鑑真(がんじん) |
| 出身 | 日本 | 唐(中国) |
| 主な活動 | 社会奉仕(橋・池)、大仏造り | 戒律(ルール)を伝える |
| キーワード | 「大仏」「行基図」「大僧正」 | 「失明」「唐招提寺」「戒律」 |
| 天皇への貢献 | 民衆の力を集めた | 仏教の質(ルール)を高めた |
4. 基礎用語の確認!一問一答(テストに出るよ!)
【問1】 弾圧を受けながらも、民衆のために橋や池を造り、大仏造りに協力した僧侶は誰ですか?
【問2】 聖武天皇から贈られた、行基の僧侶としての最高位は何ですか?
【問3】 唐から来日し、日本の僧侶に正しい「戒律」を教えたのは誰ですか?
【問4】 鑑真が、苦労の末に日本に到着した後に建てた、奈良市の有名な寺院は何ですか?
【問5】 鑑真が日本に来るまでに、何回失敗したといわれていますか?
5. 一問一答・答え
【問1】 行基
【問2】 大僧正(だいそうじょう)
【問3】 鑑真
【問4】 唐招提寺(とうしょうだいじ)
【問5】 5回(6回目で成功)
6. 入試、定期テストに出やすい記述問題と答え
実際のテストや入試で狙われる「書かせる問題」です。ここをマスターすれば無敵!
【問題①】
聖武天皇が、当初取り締まっていた行基を、大仏造りの責任者として招いたのはなぜですか。その理由を説明しなさい。
【答え】
行基は社会活動を通じて民衆から絶大な支持を得ていたため、彼が協力することで大仏造りに必要な多くの人々や物資を集めることができると考えたから。
【問題②】
鑑真が失明するほどの苦労をしてまで日本に来たことで、日本の仏教はどう変わりましたか。
【答え】
正しい戒律(ルール)が伝わり、僧侶になるための厳格な儀式が行われるようになったことで、仏教の規律が正された。
7. まとめ







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