北の大地が「交易の十字路」だった!?12〜15世紀の蝦夷地とアイヌ民族をガチ解説!

室町時代
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皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。

これまでの連載で「琉球王国」や「朝鮮国」など、南や西の貿易を見てきましたね。 「じゃあ、北はどうなっていたの?」と思ったあなた、鋭い!

実は、当時の北海道、つまり「蝦夷地(えぞち)」も、世界と繋がる巨大な貿易のホットスポットだったんです!

「アイヌ民族ってどんな暮らしをしていたの?」 「コシャマインの戦いって何が原因?」

今回は、教科書ではさらっと流されがちな「北の大地のドラマ」を、世界一わかりやすく解説します!

蝦夷地とアイヌ民族


1. 北の貿易センター:津軽の「十三湊」と安藤氏

12世紀から15世紀にかけて、今の青森県と北海道の間で最強の力を誇っていたのが安藤氏(あんどうし/安東氏)という一族です。

  • 本拠地:十三湊(とさみなと): 青森県五所川原市にあるこの港は、当時「日本海側最大の貿易都市」として栄えました。
  • 交易のプロ: 安藤氏は、アイヌ民族と京都や大阪を結ぶ「プロデューサー」のような役割を果たしていました。ここには中国の陶磁器や日本各地の特産品が集まり、まさに北の国際都市だったんです!
十三湊

2. 和人の進出と「道南十二館」

15世紀になると、本州から「和人(わじん:日本列島に住む、アイヌ以外の日本人)」が、今の函館周辺(道南)に住み着くようになります。

  • 館(たて)の建設: 和人たちは、自分たちの身を守り、交易の拠点とするために12個の砦を築きました。これを道南十二館(どうなんじゅうにだて)といいます。
  • アイヌ民族との摩擦: 最初のうちは仲良く貿易していましたが、次第に和人が不平等な取引を押し付けるようになり、アイヌの人々の不満が爆発寸前になります。

3. 歴史を揺るがした叫び:コシャマインの戦い(1457年)

1457年、ついにアイヌ民族の誇りをかけた大反乱が起きます。それがコシャマインの戦い(反乱)です。

コシャマイン

★ 歴史の裏側エピソード:きっかけは「1本の小刀」? 伝説では、和人の鍛冶屋がアイヌの少年に売った小刀(ナイフ)の品質と値段をめぐって口論になり、鍛冶屋が少年を殺してしまったことが、全島を巻き込む戦いの引き金になったと言われています。

  • アイヌの快進撃: 首長コシャマイン率いるアイヌ軍は、道南十二館のうち10個を次々と落とす圧倒的な強さを見せました!
  • 和人の逆転: 絶体絶命の和人側を救ったのが、武田信広(のちの松前氏の先祖)でした。彼は弓矢でコシャマインを倒し、反乱を鎮めました。

4. 反乱後の変化:松前氏の台頭と支配の始まり

この戦いの後、蝦夷地のパワーバランスが大きく変わります。

  1. 松前氏のルーツ: 反乱を鎮めた武田信広の子孫が、のちに「松前氏(まつまえし)」を名乗り、和人のリーダーとして蝦夷地南部を支配するようになります。
  2. 交易の制限: アイヌ民族は、それまで自由に日本海側と取引できていましたが、次第に松前氏(和人)を通さないと商売ができないという不平等な仕組みに組み込まれていきました。

5. 基礎用語の確認!一問一答(テストに出るよ!)

【問1】 12世紀から15世紀にかけて、蝦夷地と本州の交易を管理していた津軽の一族は何ですか?

【問2】 日本海側最大の貿易拠点として安藤氏が支配した、現在の青森県にある港の名前は何ですか?

【問3】 15世紀に和人が蝦夷地南部に築いた、12の交易拠点の砦を何といいますか?

【問4】 1457年、不平等な取引に怒り、和人に対して反乱を起こしたアイヌの首長は誰ですか?

【問5】 コシャマインを倒し、のちの松前氏の先祖となった人物は誰ですか?


6. 一問一答・答え

【問1】 安藤氏(安東氏)

【問2】 十三湊(とさみなと)

【問3】 道南十二館(どうなんじゅうにだて)

【問4】 コシャマイン

【問5】 武田信広(たけだ のぶひろ)


7. 入試・定期テストに出やすい記述問題と答え

【問題】 15世紀にアイヌ民族と和人の間で大規模な衝突(コシャマインの戦い)が起きた背景には、どのような原因がありましたか。「取引」という言葉を使って説明しなさい。

【答え】 和人が蝦夷地南部に進出して「館」を築き、アイヌ民族に対して不平等な取引を強いたり、不当に圧迫したりしたことで、アイヌの人々の不満が高まったから。


8. まとめ

  1. 12〜15世紀、安藤氏十三湊が北の交易の主役だった!
  2. 和人が蝦夷地に住み着き道南十二館を築いたことで、アイヌ民族との間にトラブルが発生!
  3. 1457年、コシャマインが立ち上がるも、武田信広によって鎮められた。
  4. この戦いをきっかけに、のちの松前氏による支配の基礎が固まってしまった。

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