昭和の「戦後恐慌・関東大震災・金融恐慌」の3連発、負ループを解説!

昭和時代
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皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。

前回の記事では、昭和恐慌というどん底の不景気についてお話ししました。でも、この地獄のような不景気は、ある日突然空から降ってきたわけではありません。実は、1920年代から始まった「3つの大きなショック」が、日本経済をじわじわと追い詰めていった結果なのです。

今回は、テストや入試で「順番」や「内容」が狙われやすい戦後恐慌関東大震災金融恐慌の3つについて、どこよりも詳しく、深く解説します!

戦後恐慌・関東大震災・金融恐慌


1. 【1920年】お祭りのあとの大不況:戦後恐慌(大戦景気の終わり)

第一次世界大戦中、日本は「成金(なりきん)」が出るほどの空前の好景気(大戦景気)でした。しかし、1918年に戦争が終わると、状況は一変します。

  • なぜ不景気になった?: 戦争が終わってヨーロッパの国々が工場を動かし始めると、それまで日本から買っていた製品を自国で作るようになりました。その結果、日本製品はパッタリ売れなくなり、倉庫には在庫が山積みに。
  • 株価の大暴落: 1920年3月、景気の先行きを不安に思った人々が株を一斉に売り出し、株価がガクンと下がりました。これが戦後恐慌(せんごきょうこう)の始まりです。

★ 社会人先生のポイント: 「お祭りが終わって、急に現実に戻されたような感じだね。この時、多くの企業が借金を抱えることになってしまったんだ。」


2. 【1923年】自然の猛威が経済を直撃:関東大震災

戦後不景気から立ち直ろうとしていた日本に、最悪のタイミングで巨大地震が襲います。

  • 1923年9月1日: 関東大震災が発生。首都・東京と横浜が焼け野原になりました。
  • 被害のリアル: 死者・行方不明者は約10万5000人。その多くは、お昼時という時間帯と密集した木造住宅、そして強風が重なったことによる焼死でした。
  • 経済への追い打ち: 東京の工場やお店がすべて焼けてしまい、生産がストップ。
    • 政府は復興のために多額の借金(震災手形)を認めましたが、これが後々、銀行を苦しめる「爆弾」になってしまいます。

3. 【1927年】銀行がパニックに!:金融恐慌

震災から4年後、ついにその「爆弾」が爆発します。

  • きっかけは「大臣の失言」: 議会で大蔵大臣(今の財務大臣)の片岡直温が、「東京渡辺銀行がとうとう破綻(つぶ)れました」と、まだつぶれていない銀行のことを、うっかり口走ってしまいました。
  • 取り付け騒ぎ 「えっ!銀行がつぶれるの!?」と驚いた国民が、自分のお金を引き出そうと銀行に殺到しました。
  • 結果: 多くの銀行がお金を払い出せなくなり、次々と休業・倒産。経済は完全に麻痺し、これが金融恐慌と呼ばれる大混乱になりました。

4. 実力確認!一問一答(テスト・受験対策)

【問1】 第一次世界大戦後の1920年に起きた、大戦景気の反動による不景気を何といいますか?

【問2】 関東大震災が起きたのは、西暦何年何月何日ですか?

【問3】 関東大震災後、復興のために支払いが延期された手形のことを何といいますか?

【問4】 大蔵大臣の失言をきっかけに、1927年に起きた銀行のパニックを何といいますか?

【問5】 金融恐慌の際、人々が預金を引き出そうと銀行に殺到したことを何といいますか?


5. 一問一答の答え

【問1】 戦後恐慌

【問2】 1923年9月1日

【問3】 震災手形

【問4】 金融恐慌

【問5】 取り付け騒ぎ


6. テスト・受験に出る論述問題と答え

【問題】 関東大震災が、その後の金融恐慌を引き起こす遠因となった理由を説明しなさい。

【答え】 震災によって支払いが困難になった企業の借金を、政府が震災手形として銀行に肩代わりさせたが、その多くが回収不能(不良債権)となり、銀行の経営を圧迫していたところに大臣の失言が重なり、銀行への不信感が爆発したから。


7. まとめ

  1. 戦後恐慌(1920年)は、戦争が終わって日本製品が売れ残った「お祭りのあと」の不景気!
  2. 関東大震災(1923年)は、物理的な破壊だけでなく「震災手形」という経済の爆弾を生んだ!
  3. 金融恐慌(1927年)は、大臣の失言から取り付け騒ぎが起き、銀行が次々と倒産した!
  4. この3つの負の連鎖が、のちの昭和恐慌へと繋がっていく最悪の伏線となった!


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