皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
1914年から4年も続いた第一次世界大戦。約3700万人もの死傷者を出したこの地獄のような戦争を終えた後、世界中の人々はこう思いました。
「二度とこんな悲惨な戦争を繰り返してはいけない!」そんな強い願いから生まれたのが、人類史上初の本格的な国際組織「国際連盟(こくさいれんめい)」です。
今回は、理想に燃えて誕生した国際連盟が、なぜ第二次世界大戦を防げなかったのか? その「3つの大きな弱点」と、常任理事国だった日本の意外な立場について、世界一わかりやすく解説します!
国際連盟
1. 国際連盟の誕生:言い出しっぺはアメリカ!
1920年、第一次世界大戦の講和条約である「ベルサイユ条約」に基づいて発足しました。
- 提案者: アメリカのウィルソン大統領。
- 本部: スイスのジュネーブ(中立国として有名ですね)。
- 役割: 世界平和を守り、国家間の争いを話し合いで解決すること。
この時、日本は世界をリードする「五大国」の一つとして、イギリス、フランス、イタリアと共に常任理事国(じょうにんりじこく)に選ばれました。日本は当時、世界の「トップランナー」だったのです。

2. 国際連盟の「3つの致命的な弱点」
「世界平和を守るぞ!」という理想は素晴らしかったのですが、スタート時点から致命的な欠陥が3つもありました。

① アメリカが不参加(最大の間違い)
言い出しっぺのウィルソン大統領でしたが、自分の国のアメリカ議会に反対され、なんとアメリカは参加しませんでした。世界最強の国がいない組織……今の日本で例えるなら、「学級委員が決めたルールに、学級委員本人が参加しない」ようなものです。
② 武力(軍隊)を持っていなかった
悪いことをする国が現れても、国際連盟には軍隊がありません。できるのは「経済制裁(貿易を止める)」まで。力で強引に止める手段がなかったのです。
③ 全会一致の壁
何かを決める時、参加国すべてが「YES」と言わないと決定できない「全会一致」でした。一国でも反対すれば何も決まらないため、スピード感が全くありませんでした。無理ゲーです。
3. 日本の脱退と国際連盟の限界
1931年、満州事変(まんしゅうじへん)が起きると、国際連盟は「日本が悪い!」と勧告を出しました。これに反発した日本は、1933年に国際連盟を脱退してしまいます。

その後、ドイツやイタリアも次々と脱退。ルールを守らない国々を止めることができなくなり、ついに1939年、より巨大な戦争である第二次世界大戦が始まってしまいました。
4. 解散と「国際連合」へのバトンタッチ
1946年、第二次世界大戦が終わった後、国際連盟は解散しました。しかし、その失敗を反省して新しく生まれたのが、今私たちが知っている「国際連合(こくさいれんごう)」です。
- 反省点: 「武力が必要だ!」→「国連軍」の考え方へ。
- 反省点: 「アメリカがいないとダメだ!」→アメリカやソ連(現在のロシア)も参加。

5. 基礎用語の確認!一問一答(テストに出るよ!)
【問1】 国際連盟の設立を提案したアメリカ大統領は誰ですか?
【問2】 国際連盟の本部が置かれたスイスの都市はどこですか?
【問3】 日本が国際連盟で就任していた、中心的な役割を果たす国のことを何といいますか?
【問4】 1933年、日本がある事件をきっかけに国際連盟を脱退しましたが、そのきっかけとなった事件は何ですか?
【問5】 国際連盟において、提案国であるにもかかわらず不参加だった国はどこですか?
6. 一問一答・答え
【問1】 ウィルソン大統領
【問2】 ジュネーブ
【問3】 常任理事国
【問4】 満州事変(リットン調査団の報告への反発)
【問5】 アメリカ
7. 入試・定期テストに出やすい記述問題と答え
【問題】 国際連盟が、発足当時から世界の紛争を解決する力が弱かった理由を、「制裁」という言葉を使って説明しなさい。
8. まとめ







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