皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
突然ですが、皆さんが一生懸命アルバイトをして10万円稼いだとします。ところが、バイト先のオーナーに「場所を貸してあげたから、5万円よこせ」と言われたらどう思いますか? 「えっ、あんなに頑張ったのに半分も持っていかれるの!?」と驚きますよね。
実はこれ、100年ほど前の日本の農村では「当たり前」の光景だったんです。 今回は、農民たちが命をつなぐために命がけで戦った「小作争議(こさくそうぎ)」について、その壮絶な舞台裏をガチ解説します!
小作争議
1. 小作人と地主の「超・格差」な関係

まず、当時の農村の仕組みを整理しましょう。
- 地主(じぬし): 広い土地を持っている人。自分では耕さず、農民に土地を貸して「レンタル料(小作料)」をもらいます。
- 小作人(こさくにん): 自分の土地を持っていない農民。地主から土地を借りて農業をし、収穫したお米でレンタル料を払います。
★ 「小作料」って今の価値でいくら?
当時の小作料は、なんと収穫の約半分(40%〜50%)でした。
【社会人先生の計算】 仮に1年間の収穫が今の価値で400万円分だったとします。 すると、地主に200万円分のお米をドサッと持っていかれます。残り200万円から、さらに肥料代や道具代を払うと、家族が食べる分すらギリギリ……。 「富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる」という言葉通りの世界でした。
2. 子どもの目が見た「おかしな光景」

ここで、当時の資料に残っているあるエピソードを紹介します。
小作人の父親が、必死に育てたお米を地主の家に納めに行きました。父親は地主に対して「土地を貸していただきありがとうございます」と深々と頭を下げてお礼を言います。 それを見ていた子供はこう思いました。
「お礼を言うのは、何もしないでお米をもらっている地主の方じゃないのか? どうして一生懸命働いたお父ちゃんが頭を下げているんだろう?」
子供ですら気づくほどの「不条理(おかしいこと)」が、当時の農村には溢れていたんです。
3. なぜ大正時代に「小作争議」が増えたの?
1918年の米騒動をきっかけに、「自分たちの力で世の中は変えられるんだ!」という勇気が日本中に広がりました(大正デモクラシー)。
- 物価の上昇: 第一次世界大戦の影響で物の値段が上がり、農民の生活がさらに苦しくなった。
- 知識の広がり: 就学率が上がり、新聞や雑誌を読む農民が増え、「今の仕組みは不公平だ」と気づき始めた。
- チームの誕生: 1922年には日本農民組合(にほんのうみんくみあい)が結成され、個人ではなく「数」の力で地主と交渉できるようになりました。

4. 小作争議の結果はどうなった?
小作争議とは、農民が団結して地主に「小作料を安くしろ!」「勝手に土地を返せと言うな!」と要求することです。
- 激しい衝突: 地主が「言うことを聞かないなら、土地を貸さないぞ(土地取り上げ)」と脅せば、農民は「全員でお米を作らないぞ!」と対抗しました。
- 少しずつの改善: 裁判や話し合いを通じて、小作料が少し安くなったり、農民の権利が認められたりするケースが増えていきました。
5. 日本はどのように変わったのか?
小作争議は、単なる「お金の揉め事」ではありませんでした。
- 政治への進出: 農民たちの声は、1925年の普通選挙法(25歳以上の男子に選挙権)を実現させる大きなプレッシャーになりました。
- 社会全体の意識変化: 「弱い立場の人でも、団結すれば社会を変えられる」という民主主義の基礎が、日本の土壌に刻み込まれました。
6. 基礎用語の確認!一問一答
【問1】 土地を所有し、農民に貸し出すことで収入を得ていた人を何といいますか?
【問2】 地主に支払う農地のレンタル料のことを何といいますか?
【問3】 1922年に結成された、農民たちの権利を守るための全国的な組織を何といいますか?
【問4】 小作争議や労働争議の盛り上がりを受けて、1925年に制定された25歳以上の男子に選挙権を与える法律は何ですか?
7. 一問一答・答え
【問1】 地主
【問2】 小作料
【問3】 日本農民組合
【問4】 普通選挙法
8. 入試に出やすい記述問題と答え
【問題】 大正時代に小作争議が増加した理由を、「米騒動」という言葉を使って説明しなさい。
9. まとめ







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