1925年 普通選挙法と治安維持法を世界一わかりやすく解説!

大正時代
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皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も歴史のターニングポイントをガチで深掘りしていきましょう。

1925年(大正14年)。この年は、日本の政治が「国民全員(男子)」に心を開いた記念すべき年であり、同時に「国民の自由」に厳しく鍵をかけた年でもありました。

歴史の教科書では必ずセットで出てくる「普通選挙法」「治安維持法」。 「なんでセットなの?」「どうして女性は仲間外れだったの?」

今回は、この「アメとムチ」の正体を、世界一わかりやすく解説します!

普通選挙法と治安維持法


1. 待望の「アメ」:普通選挙法が実現した理由

それまでの選挙は、「直接国税をたくさん納めているお金持ちの男子」だけの特権でした。それが1925年、ついに「納税額による制限」が廃止されます。

★ なぜ加藤高明内閣は実現させたのか?

当時の総理大臣、加藤高明(かとう たかあき)が率いる内閣がこれを決めたのには、切実な理由がありました。

  • 民衆のパワー: 米騒動や労働争議、小作争議を通じて、国民が「自分たちの権利」に目覚め、政治を変える力を持っていることを政府に見せつけました。
  • 護憲運動の勝利: 「憲法に基づいた、国民のための政治をしろ!」という運動(第二次護憲運動)が盛り上がり、政党内閣が誕生したことで、国民の期待に応える必要があったのです。

★ 日本への影響

  • 有権者が約4倍に!: 300万人から1200万人以上へ。
  • 国民の意見が届く: 貧しい労働者や農民の意見も、選挙を通じて政治に反映される道が開かれました。

2. なぜ「女性」に選挙権が与えられなかったのか?

男子は25歳以上なら誰でも投票できるようになったのに、女性はまだ「お留守番」状態でした。

  • 古い社会の壁: 当時は「女性は家を守るもの」という考えが根強く、政治は男性の仕事という偏見が強かったのです。
  • 政府の警戒: 女性が政治に参加することで、家庭のあり方が変わり、社会がさらに激しく動くことを保守的な政治家たちが恐れました。

★ 社会人先生のポイント: でも、この「仲間外れ」が、市川房枝さんや平塚らいてうさんたちの女性参政権獲得運動をさらに熱く燃え上がらせるきっかけになったんだよ!


3. 恐ろしい「ムチ」:治安維持法とは何か?

「アメ(選挙権)」をあげた直後、政府はセットである法律を作りました。それが治安維持法です。

  • 目的: ロシア革命の影響で広まっていた「共産主義」や、政府をひっくり返そうとする激しい「社会運動」を厳しく取り締まるため。
  • アメとムチ: 「選挙権をあげるから、その代わり過激な考えを持って暴れるのは絶対に許さないぞ」という、政府による究極のコントロール術でした。

4. 基礎用語の確認!一問一答(テストに出るよ!)

【問1】 1925年に制定された、納税額に関係なく満25歳以上の男子に選挙権を与える法律は何ですか?

【問2】 普通選挙法を成立させた当時の内閣総理大臣は誰ですか?

【問3】 普通選挙法とほぼ同時に制定された、社会運動や共産主義を厳しく取り締まるための法律は何ですか?

【問4】 1925年の法改正により、有権者の数はこれまでの約何倍に増加しましたか?

【問5】 普通選挙法でも選挙権が認められず、政治参加を求めて立ち上がったのは誰ですか?


5. 一問一答・答え

【問1】 普通選挙法

【問2】 加藤高明

【問3】 治安維持法

【問4】 約4倍(約300万人から約1200万人超へ)

【問5】 女性(婦人)


6. 入試・定期テストに出やすい記述問題と答え

【問題】 1925年に「普通選挙法」と「治安維持法」がセットで制定された理由を、政府の狙いに触れて説明しなさい。

【答え】 社会運動の盛り上がりを受けて選挙権を拡大(アメ)して国民の不満を和らげる一方で、共産主義などの思想が広まり国家の体制が揺らぐことを恐れた政府が、運動を厳しく制限・弾圧するため(ムチ)。


7. まとめ

  1. 1925年、加藤高明内閣が、国民のパワーに押されて普通選挙法を成立させた!
  2. 選挙権は「満25歳以上の男子」に拡大! 有権者は一気に約4倍になった。
  3. しかし、女性はまだ除外。これが女性運動をさらに加速させることになった。
  4. 同時に治安維持法を作り、共産主義や激しい社会運動を抑え込む「ムチ」を用意した。
  5. この「アメとムチ」こそが、大正デモクラシーの光と影である!


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