皆さん、こんにちは!「社会人先生」です。今日も楽しく歴史を学んでいきましょう。
前回の記事で、日本中がお弁当も持っていけないほどの貧しさに襲われた昭和恐慌についてお話ししましたね。
家にお金がないとき、皆さんはどうしますか?「節約して生活を守る」か、それとも「外へ出て稼ぐ(奪う)」か。当時の日本は、この2つの道で激しく揺れ動いていました。
今回は、政治家が平和を守ろうと必死に外交を進める裏で、軍隊が勝手に暴走を始めた外交の困難の時代を、世界一わかりやすく解説します!
昭和の外交の困難
1. バラバラの中国と軍部の暴走:張作霖爆殺事件
当時の中国は、今の日本のように一つの政府がまとめているのではなく、各地の「軍閥(ぐんばつ)」という武装集団がナワバリ争いをしている、まるで戦国時代のような状態でした。
- 北伐(ほくばつ): 中国国民党の蒋介石(しょうかいせき)が「中国を一つにまとめるぞ!」と軍を進めます。
- 関東軍(かんとうぐん)の独断: 日本は満州(中国の北東部)に権利を持っていました。そこを守っていたのが日本の関東軍です。
- 張作霖爆殺事件(1928年): 関東軍は「言うことを聞かなくなった軍閥のリーダー、張作霖を消して、自分たちが満州を支配しよう」と計画。なんと、政府に黙って彼の乗った列車を爆破しました。

★ 社会人先生のポイント: 「政府は『事件の犯人を処罰する』と言ったのに、軍が反発してできなかった。これが『軍隊が政治の言うことを聞かなくなった』最初の大きな事件なんだよ。」
2. 生活か軍事か:ロンドン海軍軍縮条約の激突

国内では昭和恐慌で国民が苦しんでいました。当時の首相、浜口雄幸(はまぐちおさち)(ライオン首相)はこう考えました。 「軍事費にお金を使っている場合じゃない!軍艦を減らして、その分のお金を国民の生活(給食や救済)に回そう!」
- ロンドン海軍軍縮条約(1930年): 日本、イギリス、アメリカが集まり、補助艦(サブの軍艦)の数を制限することを約束しました。
- 統帥権干犯(とうすいけんかんぱん): 軍人や一部の政治家が激怒しました。「軍隊の規模を決めるのは天皇の権利(統帥権)だ。政府が勝手に決めるのは憲法違反だ!」と攻撃したのです。
3. 政党政治の限界:狙撃された首相
浜口首相は平和と国民の生活のために調印しましたが、反発する国家主義者に東京駅で狙撃され、のちに亡くなってしまいます。
国民の間にも、「選挙で選ばれた政治家(政党)は財閥と癒着して汚職ばかりしている。軍部のほうが、ビシッと解決してくれるんじゃないか?」という、政党政治への失望感が広がっていきました。
4. 実力確認!一問一答(テスト・受験対策)
【問1】 1928年、満州を拠点とする日本の軍隊が、中国の軍閥リーダーを爆殺した事件を何といいますか?
【問2】 中国での権益を守るために活動していた、日本の陸軍部隊を何といいますか?
【問3】 1930年、軍事費を削減して経済を立て直そうと、軍艦の保有制限に調印した首相は誰ですか?
【問4】 軍縮条約に対し、軍部が「天皇が持つ軍隊の指揮権を侵した」と政府を批判したことを何といいますか?
【問5】 中国の統一を目指して蒋介石が行った、北方の軍閥を打倒するための軍事行動を何といいますか?
5. 一問一答の答え
【問1】 張作霖爆殺事件
【問2】 関東軍
【問3】 浜口雄幸
【問4】 統帥権干犯(問題)
【問5】 北伐
6. テスト・受験に出る論述問題と答え
【問題】 浜口雄幸首相がロンドン海軍軍縮条約を結ぼうとした理由を、当時の国内の経済状況を踏まえて説明しなさい。
【答え】 昭和恐慌による極度の不況で国民が苦しんでいたため、軍事費を抑制して国家予算を国民の生活安定や経済復興に回そうとしたから。
7. まとめ







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